下着から何から全部〈紐〉の時代は、〈服を着るのも大仕事〉。また豪華な毛皮には〈蚤〉が常駐し、〈えてして流行というのは不便に耐えるところに価値がある〉! 結果、15世紀に大流行したトンガリ靴プーレーヌは〈ここまで尖らせずとも〉と笑えるほど先鋭化を遂げ、美脚を白タイツにくるんだ太陽王ルイ14世は〈真っ赤なリボン〉の可愛いハイヒールを履いて大層ご満悦だ。
男が脚を出すと女が脚を隠し、〈首から上のどこかに毛があればそれでいい〉とばかりにカツラが流行ると髭が廃れ、〈化粧男子〉まで登場するのも面白い。また〈サン・キュロット〉=半ズボンを穿かない輩と蔑称された労働階級にとって、長ズボンと低い靴は〈革命的ファッションそのもの〉。今はたまたまそれが〈フツーのズボン〉に見えるだけで、男が美脚を誇る時代の再来を想像するのも楽しい。
「男性が地味になったのはここ150年で、背広さえ着れば安心だという人こそ、みんなが脚を出したら出すかもしれませんね(笑い)。
つまり人間をオシャレに走らせる欲望一つ見ても、今とそう変わらない。なぜずんぐりむっくりの皇帝はカッコいい自分を描かせ、聖人の法衣は悪魔より派手なのかが(『聖アウグスティヌスと悪魔』)、絵を観る時も理解の糸口になるんです。日本では妙に高尚なものとされるこれらの絵は映画も何もない時代のエンタメで、人間とは何かという興味を抜きにした美術論など私はあり得ないと思うんです」
自身かつてはミステリーを書き、実は乱歩賞の最終選考にも残ったことがあるという中野氏。一枚の絵の中に人々の欲望や愛憎劇を嗅ぎつけてしまう名画探偵は、人間を畏れ、愛するがゆえに、名探偵たりうるのだろう。
【著者プロフィール】
◆中野京子(なかの・きょうこ):北海道生まれ。早稲田大学大学院修士課程修了。早稲田大学講師。専門はドイツ文学、西洋文化史。2007年発表の『怖い絵』(現在は角川文庫に収録)や、『名画で読み解くハプスブルク家12の物語』『危険な世界史』『中野京子と読み解く名画の謎』はシリーズ化され、『紙幣は語る』『情熱の女流「昆虫画家」メーリアン波乱万丈の生涯』『橋をめぐる物語』など著書多数。訳書にツヴァイク『マリー・アントワネット』等。163cm、B型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年5月9・16日号