文部科学省は6月13日、性同一性障害とみられる児童・生徒が全国の小中高校で少なくとも606人いるという昨年の調査結果を発表した。性同一性障害に対する理解はなかなか進まないが、性同一性障害者を理由に解雇された場合、経営者側に慰謝料を請求することはできるのだろうか? 弁護士の竹下正己氏が、こうした相談に対し回答する。
【相談】
バーテンを勤めていた飲食店から解雇。理由は私が性同一性障害者だからです。この店には男性として採用されたのですが、女性だった事実がオーナーの耳に入り、気持ち悪がられたせいです。しかし、今は戸籍上も男です。今回の解雇における精神的苦痛の慰謝料をオーナーに求めることは可能ですか。
【回答】
慰謝料請求のためには解雇が貴方の権利や法的利益を故意・過失で侵害した不法行為になることが前提です。そして解雇無効であれば、正当な理由がなく雇用の機会を奪われない法的地位を侵害したとして、不法行為になる可能性があります。使用者に解雇理由の証明書を要求して下さい。
解雇理由は、(1)就職時の虚偽申告、(2)職場秩序や顧客の不快感などと思います。解雇の効力は、解雇理由の有無、あればその解雇理由が解雇相当とするほど重大であるかの順に吟味され、解雇理由があっても「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」無効です。
(1)の就職時の虚偽申告は、経験・学歴・資格などが必要な職場であれば解雇理由になりますが、男女雇用機会均等法は労働者の募集採用に性差別を禁じており、バーテンで性差別が合理的か疑問です。
(2)について、性同一性障害により戸籍上女性への性の変更が認められた労働者が女性風の服装や化粧を禁じる命令に従わず服務命令違反で懲戒解雇された事件で、裁判所は解雇相当の重大悪質な命令違反ではないとして解雇無効にした裁判例があります。性同一性障害者の性自認を守られるべき法益と捉えたものと解されます。
質問の場合、店は改善指導や命令をしないまま解雇しているので無効と思います。しかし職場復帰を果たし、賃金をもらえば不法行為による損害がカバーされるので慰謝料は認められないでしょう。
働く気を無くし、金銭請求だけをする場合、勤労意欲を失った原因が使用者の違法性が強い行為による場合であることが必要と思います。本件では目立った違法行為がありません。また店は虚偽申告で信頼できず解雇したので、過失がないなどと反論するでしょう。慰謝料が認められるかは疑問です。
【弁護士プロフィール】
竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2014年7月11日号