近年ではインターネットの普及により、様々な店舗の商品の売値を調べられるようになったが、そういったサイトでは、時に「間違いでは?」と疑いたくなるほど安い値を付けている店も散見される。店側が値札を打ち間違って商品を安く売ってしまった場合、購入者に差額を請求することはできるのだろうか? 弁護士の竹下正己氏はこう回答している。
【相談】
古着屋の店主です。先日、バイトが値札を打ち間違えて10万2000円の商品を1万2000円で売ってしまいました。すぐに気づき店を出た客に事情を説明したところ、そちらのミスなのだから、正規の値段での買い取りは拒否するといわれました。このようなケースでは、差額の9万円を請求できませんか。
【回答】
間違えた値段で売りに出したのですから、当該古着を1万2000円で売買する合意が成立しています。10万2000円で売りたかったあなたの真意と、客との契約上の値段とに食い違いがあります。これを意思表示の錯誤といい、民法第95条で「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする」と規定しています。契約の意思表示の要素に錯誤があれば、契約は無効になります。
売買の値段は、常に一律ではないので、多少間違っても要素の錯誤とまではいえませんが、極端に真意と違い等価性を欠く場合には、要素の錯誤といえるでしょう。10分の1の額では、要素の錯誤と思います。客から古着を取り返せることになりそうですが、そうはいきません。
この民法第95条には「ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は自らその無効を主張することができない」という但し書きがあるからです。商売人が値札を間違えるのは重過失だと思います。
過去に「61万円で1株」の売り注文を出すつもりが「1円で61万株」の誤った売り注文を東証にした証券会社は、1円で61万株の間違いを前提とする株式の売買が成立したことを認めざるを得ず、大損した事例もあります。貴方の事例も同じです。
しかし、たとえば店員との会話で10万円以上することをわかっていた場合、10万円以上の高級品ばかりの売場にあった場合など、客が店の値札の間違いをわかっていれば、店が錯誤に陥っていることを知っていたことになり、極端にいえば詐欺であり、信義則上契約無効を否定できないと思います。
ただし、店の錯誤で主張できるのはここまでで、あなたのいわれるように、差額9万円を要求することはできません。なぜなら、10万2000円で売るという契約は成立していないからです。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2014年7月18日号