たばこ規制もその顕著な例ではないか。
路上喫煙防止条例を制定する自治体が増えたため、歩きたばこや吸い殻のポイ捨ては減った。建物内での分煙化もこの十数年で格段に進んだ。しかし、規制の広がりとともに街中の喫煙スペースは次々と撤去され、ルールに従う喫煙者まで行き場を失っている。
はじめは「たばこを吸わない人に迷惑をかけない」という喫煙マナーの強化だったはずが、条例規制という“強権”の下で、いつしか「喫煙者=悪」と見る空気まで醸成されている気配もある。
「いまは喫煙所でたばこを吸っていても冷たい視線で見られるから肩身が狭い。まだ喫煙スペースがあるだけマシで、このまま規制が強化されれば外出中は一切たばこが吸えない時代になってしまうのではないか」(60代の愛煙家)
冒頭に挙げたように、「公」を無視して「個」を伸ばすことを促せば、単にわがまま者を増やしてしまう恐れがある。
だが、モラルをわきまえ、善悪の判断がつく人まで一括りにルールで縛るのは、人格否定にも?がりかねない。それだけ規制をかけるというのは難しいことだが、まずは個々人が“規制をかけなくてもお互いに思いやる日本社会”を思い出したいものだ。