おそらく東京・新宿の繁華街であろうと思われる飲み屋街の路地裏に、夜中の12時に店を開け、朝の7時頃まで営業している『深夜食堂』がある。コの字型のカウンターがあるだけの店の名は『めしや』。
あると書いたけれど、それは実在はしていない。『ビッグコミックオリジナル』(小学館)の連載や、TBS系のドラマで多くのファンの心をつかんだ架空の店なのだ。それが今度、映画化された。小林薫が演じるマスターと、この店に小腹と心を満たされにやってくる、どこかわけありな客たちとの心温まる交流は、これまでと同じで、ほっとさせてくれる。
そんな『深夜食堂』で存在感が半端ではないのが、マスターが作る心に沁みる料理の数々だ。今回の映画にも、ナポリタン、とろろご飯、カレーライスがメインメニューとして登場する。これがどれもこれもおいしそうなのだ。脚本・監督を務めた松岡錠司さんがこう語る。
「ぼく自身、料理を作る時、レシピを見ながら、これとこれをこう混ぜればおいしくなるみたいなことはやりません。日々の食事って、そういうものじゃないでしょ。少なくともぼくは、経験だけで大雑把に作る。それでどのくらいのものができるかですよ」
まさにそれこそが『深夜食堂』でマスターが作ってくれる料理ではないだろうか。
「もしぼくが深夜営業の食堂をやるとしたら、カウンター1面だけの小ぢんまりした広さの店がいいかな。作る料理があまり本格的じゃない家庭料理だから。本格的ではないというのが“味”なんですよね」(松岡さん)
そんな“深夜食堂”を、都会の片隅に訪ねてみた。例えば、東京・千代田区の『深夜料亭 あかり』。ここは、「ドラマの『深夜食堂』を見ていて、本当にあったらいいよなぁと考えながら、3年前にオープンしました」(店主の前川玄次郎さん)という店。
「このあたり、朝まで電気がついている会社が多い。そこで働く人たちのために始めたようなものなんです。お客さんにその日の体調や、腹の空き具合を聞いたり察したりしながら、料理を作ってる。そういうことができるのが、うちみたいな店の特徴だと思うんですよね」と前川さん。
「私は、昭和の頃の食卓ね。あの時代にみんながおいしく食べていたものを提供したいの」と、三軒茶屋の『食堂おさか』の店主・篠塚忍さん。
「この街って、日本のどこかに故郷を持っている人が多いのよ。お客さんに帰ってるの? と聞くと、みんな帰ってないのね。だから、全国各地のみそ5種類、しょうゆ3種類を置いてます。すまし汁が売りのひとつなんだけど、それにみんな故郷のみそを溶かして飲むのね。故郷を思い出したとか、帰れないけどありがたいなんて言うお客さんがいるんですよ。それが深夜にやってる食堂のご飯なのよ」
大阪・堺の魚市場には、深夜に長蛇の列ができる『天ぷら大吉』がある。
「新鮮な材料を揚げて、すぐに食べてもらう。だからうまいんだ。下ごしらえは毎朝4時から。とんでもないが、それは欠かせない」と笑う代表の津本繁徳さん。
素朴なメニューだがきちんと手間をかける。そのうまさに客はほっこりしてしまう。それが“深夜食堂”のご飯の魅力なのだ。
※女性セブン2015年1月29日号