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安田浩一氏 『ネット私刑』でリンチの被害者と加害者を取材

 これまでレイシズム、ヘイトスピーチなどについて優れた作品を発表してきたノンフィクション・ライターの安田浩一氏が、新作を出した。タイトルは『ネット私刑(リンチ)』(扶桑社新書)。安田氏に取材した。(取材・文=フリーライター・神田憲行)

 * * *
「ネット私刑」とは、不特定多数のユーザーがSNSなどネットに特定個人についての誹謗・中傷を書き連ね、プライバシーを公開し、ときにはその個人の職場に抗議の電話を掛けるなど追い込んでいくことをいう。

「標的」となるのは犯罪の加害者や加害者の家族、在日外国人などが多い。本当の加害者ではなく、全く関係の無い人物が加害者の家族と誤認され、激しい攻撃に遭うこともある。

 この本では「川崎中1殺人事件」「大津いじめ自殺事件」など実際の事件に絡んで起きた「ネット私刑」の被害者、加害者に取材している。

--そもそもレイシズムなどを取材してきた安田さんが、どうしてネット私刑を取り上げようと思ったのですか。

安田:僕の中ではレイシズムやヘイトスピーチとネット私刑は地続きなんです。レイシズムを動かしてきた背景にネットという回路があって、そういうカルチャーの中で捉える必要もあると考えていました。僕自身はネットの力を借りて取材することもあるし、その恩恵を十分に受けていますから、ネット社会自体を批判しようとは思わない。

 しかし「川崎中1事件」ではネットの書き込みが報道より先行している現象があって、私の知人の週刊誌記者たちはそのネット情報に引き回されていました。書き込まれた情報をいちいち確認して「これは当たり」「これは外れ」とか。現場がある事件なのに、そこから離れたネットにみんな釘付けになっている。そういう光景に僕は薄ら寒いものを感じたんです。

--この本の白眉は、ネット私刑の加害者、被害者に直当たりして取材しているところだと私は思いました。ネット発の事件を取り上げた記事は、事件のあらましと書き込みを紹介し、論評して終わる場合が多い。この本には書き込んだ人間、傷つけられた人間の生の声がある。

安田:僕はネットについて書くときは、できるだけ人間臭く書きたいと思っているんですよ。ネットの世界を書くからこそ、ネットの中を歩き回るだけでなく、リアルな世界からネットをきちんと取り上げたい。

--加害者側として印象的なのは、在日の女性への誹謗・中傷を繰り返していた2人の高校生とその父親たちです。同時に一緒に謝罪に現れるんですが、ビジネスマン風の父親は謝罪することに不満を露わにして、途中で退席してしまう。一方の職人風の父親は非を詫びて、息子が高校在学中はネットに触れさせないことを誓う。全く好対照な2人でした。

 退席する父親について「そこまで愚かな親がいるのか」と呆れる一方、職人風の父親のような立派な親がいるのに、なぜ息子は馬鹿なことをしてしまったのかという想いもある。安田さんの細かい描写があるからこそ、読者はそれを読んでさらにいろんなことを考えるきっかけになる。

安田:ネットの世界は荒涼とした風景があるけれど、書き込んでいる人、見ている人も泥臭い世界があるし、ウェッティな人間の存在を無視できないと思ったんですね。乾いた世界を作り上げているのは、決して乾くことのない欲と業を持った人間なんです。

 ネットの書き込みはファクトのひとつとして重視はする。ただ血のリアリズムというのはネットから見えてこない。中傷を書き込んでいるときに高揚している人、書き込まれて震えている人、そういう泥臭い人間がネットの荒涼たる雰囲気を作り上げている気がしました。

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