--ネット私刑が繰り返して起きる理由はなんだと思いますか。
安田:加害者と被害者がともに見えていないからです。本の「まえがき」にも書きましたが、僕自身、子どものころに虐めた経験も虐められた経験もあります。虐めた人間は、虐められている人間にその顔を見られている。自分がどんな高揚した顔で人を傷つけているか、知られている。
また虐めた側は虐められた人の苦しんでいる顔も知っている。その後ろめたさみたいなものが、ネットにはない。だから罪の意識ももたない。飯を食ったり、水を飲んだりするのと同じくらいの気軽さで、通りすがりの見知らぬ他人の後頭部を金属バットで殴っているようなものです。
--たとえば職場の電話番号がネットにアップされていたら、それを違う掲示板にコピペして「みんなで電話して辞めさせようぜ」と煽ることは30秒もかからずできてしまう。しかしその結果、朝から晩まで中傷の電話が鳴り響くようなことなってしまう。ネット私刑とは、簡単に相手をノイローゼまで追い詰めるレバレッジが効くイジメだなと思いました。
安田:そうまさにレバレッジが効くんです。ネットは情報の発信力がなかった人に力を与えた大きな装置ではあります。一方で、集中的に中傷されて、表現の自由を奪われて沈黙を強いられる人もいるんですよ。本来の言論市場の理想からいえば情報の真偽、言論の質が問われるべきなのに、今のネットはそういうものをすっとばしてただ「数の暴力」が暴れ回っている。健全なマーケットが成立しにくいんですよね。
--そして本の中で、安田さんはそういうネット私刑に対する処方箋、特効薬はないと書いています。
安田:そうなんですよ……。そこがこの本を書き終えた今でも自分がモヤモヤしているところです。せめて僕ができることは、深刻な被害者の姿を伝えていくことだと思っています。