ライフ

「いつかは」が口癖の男性 母への愛ゆえに我慢した夢の結末

「人生最大の幸福は一家の和楽である。円満なる親子、きょうだい、師弟、友人の愛情に生きるより切なるものはない」とは、細菌学者・野口英世の言葉。40才・会社員女性が接した、とある男性の叶わなかった「いつか」の悲しいエピソードを紹介します。

 * * * 
 独身の私は週末の寂しさが耐えられず、5年前に思い切ってハイキングの社会人サークルに参加しました。メンバーの中には、私と年齢が近く、独身の男性Aさんがいました。同世代ということで、サークル内の仕事もふたりで行うことが多く、自然とよく話すようになりました。

 でも、私には彼にひとつだけ気になることがありました。「いつかは剱岳に登りたいんだ」など、「いつかは」というあいまいな表現を使うことがあまりに多かったのです。

 ある時、私はどうしても我慢ができなくなって、「やりたいことがあるならすぐにやってみれば」と彼に言いました。

 すると、彼は残念そうに笑ってこう言いました。

「母を介護してるんだ。母に心配かけたくないから、しばらくは無理なんだよ」

 私は彼のことを知ってるつもりで何も知らなかったのだと気付かされました。

 その後、私は仕事が忙しくなり、サークルを休んでいました。そして半年ぶりに顔を出すと、Aさんの姿がありません。彼は体調を崩し、入院していたのです。

 サークルの会長に入院先を聞き、私はすぐにお見舞いに行きました。病室の彼を見て、私は愕然としました。筋肉質で体の大きかった彼が見違えるほどやせ衰えていたのです。壁には、剱岳の写真がたくさん貼ってあり、「治ったら絶対に登るんだ」と目を輝かせていました。

 その時の彼は、口癖だった「いつかは」という言葉を一度も使いませんでした。夢を楽しそうに語る姿は元気そうで、私は安心しました。

「まずはリハビリを兼ねて富士山に一緒に登ろうね」

 私がそう言うと、彼はうれしそうに笑っていました。

 その翌週も私は彼のお見舞いに行きました。しかし、彼がいるはずの部屋に人の姿はありませんでした。

「Aさんは今週のはじめに亡くなりました」

 看護師さんに尋ねると、そう告げられました。お見舞いに行った数日後でした。彼の病いはすい臓がん。42才と若かっただけに進行が早かったそうです。息子を亡くされたお母さんのことも心配でしたが、未来を語っていた時の彼の気持ちを思うと、いたたまれなくなりました。お葬式にはサークルのメンバー全員で参列し、彼が憧れた剱岳の写真をたくさん棺に納めました。

※女性セブン2015年7月30日・8月6日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

岸信夫元防衛相の長男・信千世氏(写真/共同通信社)
《世襲候補の“裏金相続”問題》岸信夫元防衛相の長男・信千世氏、二階俊博元幹事長の後継者 次期総選挙にも大きな影響
週刊ポスト
海外向けビジネスでは契約書とにらめっこの日々だという
フジ元アナ・秋元優里氏、竹林騒動から6年を経て再婚 現在はビジネス推進局で海外担当、お相手は総合商社の幹部クラス
女性セブン
二宮和也が『光る君へ』で大河ドラマ初出演へ
《独立後相次ぐオファー》二宮和也が『光る君へ』で大河ドラマ初出演へ 「終盤に出てくる重要な役」か
女性セブン
女優業のほか、YouTuberとしての活動にも精を出す川口春奈
女優業快調の川口春奈はYouTubeも大人気 「一人ラーメン」に続いて「サウナ動画」もヒット
週刊ポスト
真剣交際していることがわかった斉藤ちはると姫野和樹(各写真は本人のインスタグラムより)
《匂わせインスタ連続投稿》テレ朝・斎藤ちはるアナ、“姫野和樹となら世間に知られてもいい”の真剣愛「彼のレクサス運転」「お揃いヴィトンのブレスレット」
NEWSポストセブン
デビュー50年の太田裕美、乳がん治療終了から5年目の試練 呂律が回らず歌うことが困難に、コンサート出演は見合わせて休養に専念
デビュー50年の太田裕美、乳がん治療終了から5年目の試練 呂律が回らず歌うことが困難に、コンサート出演は見合わせて休養に専念
女性セブン
今回のドラマは篠原涼子にとっても正念場だという(時事通信フォト)
【代表作が10年近く出ていない】篠原涼子、新ドラマ『イップス』の現場は和気藹々でも心中は…評価次第では今後のオファーに影響も
週刊ポスト
交際中のテレ朝斎藤アナとラグビー日本代表姫野選手
《名古屋お泊りデート写真》テレ朝・斎藤ちはるアナが乗り込んだラグビー姫野和樹の愛車助手席「無防備なジャージ姿のお忍び愛」
NEWSポストセブン
破局した大倉忠義と広瀬アリス
《スクープ》広瀬アリスと大倉忠義が破局!2年交際も「仕事が順調すぎて」すれ違い、アリスはすでに引っ越し
女性セブン
大谷の妻・真美子さん(写真:西村尚己/アフロスポーツ)と水原一平容疑者(時事通信)
《水原一平ショックの影響》大谷翔平 真美子さんのポニーテール観戦で見えた「私も一緒に戦うという覚悟」と夫婦の結束
NEWSポストセブン
韓国2泊3日プチ整形&エステ旅をレポート
【韓国2泊3日プチ整形&エステ旅】54才主婦が体験「たるみ、しわ、ほうれい線」肌トラブルは解消されたのか
女性セブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン