国内

正力松太郎 巣鴨収監後も強引さと真摯さでGHQ取調官を籠絡

「読売新聞の中興の祖」であり、「プロ野球の父」である。「テレビの父」であり「原発の父」でもある。数多の顔を持つ正力松太郎という傑物の原点はGHQ占領下にあった。ノンフィクション作家・佐野眞一氏が迫る。

 * * *
 最初に誤解を解いておこう。GHQ統治下の日本でA級戦犯の指定を受け、巣鴨プリズンに収監されたのは、岸信介、笹川良一、児玉誉士夫、正力松太郎など74名いるが、絞首刑や終身禁固刑になった東条英機ら約20名を除き、全員不起訴になり釈放された。
 
 岸、笹川、児玉、正力らは逮捕はされたが、起訴はされておらず、東京裁判も受けていない。岸は巣鴨を出所後約10年で総理大臣となり、安保条約を強行して日米関係の基礎を築いた。また児玉と笹川は出所後の人生を「黒幕」に徹した。だが、正力の巣鴨出所後の軌跡は、彼らよりずっと「怪物」じみている。
 
 正力がA級戦犯容疑で巣鴨に収監されたのは、東条内閣当時、貴族院議員に列せられたほか、東京裁判で終身刑を求刑された小磯国昭(獄死)内閣の顧問に選ばれたためだった。
 
 GHQにしてみれば、政府の重職に就いたばかりか、ナチスを熱狂的に崇拝し、「敗戦で経営権が共産党の手に渡るようなら、読売をつぶせ」と公言するような新聞人は断固許しておけなかったのである。
 
 正力が逮捕されたのは、昭和20年12月、翌年1月には公職追放処分を受け、すべての公職から外された。
 
 正力は巣鴨収監中、座禅を日課とし、GHQの取り調べにも堂々と応じた。
 
 正力は対米協力を“踏み絵”のように約束させられて出所した他の連中とは決定的に違った。正力は、なぜ軍部に協力したのかと問うGHQ取調官に情理を尽くして答えた。
 
 その強引さと真摯さが彼らの心を打ち、結果的に正力の術中に嵌まった。
 
 GHQは、「正力は卓越した新聞社の経営者であり、事業を遂行するためには政府の要職に就き、“うまく”行動せざるをえなかった状況が明らかになった。よってGII(参謀第二部)は、正力の釈放を勧告する」と結論付け、昭和22年9月1日、正力を釈放した。
 
 娑婆に出るのは1年9か月ぶりだった。迎えはなく、正力は逗子の自宅まで一人で帰った。当時の様子を知る正力の長女の梅子によれば、自宅にも連絡のない出所だった。
 
「囚人服のようなヨレヨレの服を着たあわれな男が庭先にいるんです。ヘンな男だなあ、と思ってよくよく顔を見ると実はお父様だったんです。そのとき私は、正直、お父様が巣鴨から脱走してきたと思いました。釈放されたとわかって、私と母は泣くだけでした」
 
 正力はその後、褌一丁になり、家から数分の逗子の海へ飛び込んだ。このとき正力はすでに62歳になっていた。だが、旺盛な精力は巣鴨入所前と何も変わっていなかった。(文中敬称略)

※SAPIO2015年10月号

関連記事

トピックス

グリーンの縞柄のワンピースをお召しになった紀子さま(7月3日撮影、時事通信フォト)
《佳子さまと同じブランドでは?》紀子さま、万博で着用された“縞柄ワンピ”に専門家は「ウエストの部分が…」別物だと指摘【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
一般家庭の洗濯物を勝手に撮影しSNSにアップする事例が散見されている(画像はイメージです)
干してある下着を勝手に撮影するSNSアカウントに批判殺到…弁護士は「プライバシー権侵害となる可能性」と指摘
NEWSポストセブン
亡くなった米ポルノ女優カイリー・ペイジさん(インスタグラムより)
《米ネトフリ出演女優に薬物死報道》部屋にはフェンタニル、麻薬の器具、複数男性との行為写真…相次ぐ悲報に批判高まる〈地球上で最悪の物質〉〈毎日200人超の米国人が命を落とす〉
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
「プラトニックな関係ならいいよ」和久井被告(52)が告白したキャバクラ経営被害女性からの“返答” 月収20〜30万円、実家暮らしの被告人が「結婚を疑わなかった理由」【新宿タワマン殺人・公判】
NEWSポストセブン
民放ドラマ初主演の俳優・磯村勇斗
《ムッチ先輩から1年》磯村勇斗が32歳の今「民放ドラマ初主演」の理由 “特撮ヒーロー出身のイケメン俳優”から脱却も
NEWSポストセブン
松竹芸能所属時のよゐこ宣材写真(事務所HPより)
《「よゐこ」の現在》濱口優は独立後『ノンストップ!』レギュラー終了でYouTubeにシフト…事務所残留の有野晋哉は地上波で新番組スタート
NEWSポストセブン
山下市郎容疑者(41)はなぜ凶行に走ったのか。その背景には男の”暴力性”や”執着心”があった
「あいつは俺の推し。あんな女、ほかにはいない」山下市郎容疑者の被害者への“ガチ恋”が強烈な殺意に変わった背景〈キレ癖、暴力性、執着心〉【浜松市ガールズバー刺殺】
NEWSポストセブン
英国の大学に通う中国人の留学生が性的暴行の罪で有罪に
「意識が朦朧とした女性が『STOP(やめて)』と抵抗して…」陪審員が涙した“英国史上最悪のレイプ犯の証拠動画”の存在《中国人留学生被告に終身刑言い渡し》
NEWSポストセブン
早朝のJR埼京線で事件は起きた(イメージ、時事通信フォト)
《「歌舞伎町弁護士」に切実訴え》早朝のJR埼京線で「痴漢なんてやっていません」一貫して否認する依頼者…警察官が冷たく言い放った一言
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン
10年に及ぶ山口組分裂抗争は終結したが…(司忍組長。時事通信フォト)
【全国のヤクザが司忍組長に暑中見舞い】六代目山口組が進める「平和共存外交」の全貌 抗争終結宣言も駅には多数の警官が厳重警戒
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《前所属事務所代表も困惑》遠野なぎこの安否がわからない…「親族にも電話が繋がらない」「警察から連絡はない」遺体が発見された部屋は「近いうちに特殊清掃が入る予定」
NEWSポストセブン