『ちい散歩』のヒット以降、たしかに方々で散歩番組をやっている。でも、その多くは、訪ね歩く先々の見どころに合わせたリアクションを芸能人がするだけで、何を見てもたいして印象が変わらない。もう散歩先も荒らされまくって、未踏のスポットを知る喜びもない。
であるからこそ、散歩人はいわば人間力が問われる。その人の目線や頭脳回路を介して対象を見ると、世界はこんなに面白くなるのか、と視聴者に感じてもらう必要があるのだ。しかも、毎日の放送なので、不安定ではダメだ。毎度おなじみの軽口やすけべ挨拶で、なおかつ、「見るたびに、ちょっと笑っちゃうんだよね」と思われなければ続かないのだ。
そんな大役、ずいぶん荷が重そうなのだけれど、高田純次は抜擢が決まってすぐの記者取材会で「私の人生そのものが散歩のようなものなので、適材適所じゃないかと勝手に思っています」とリキミなく意気込みを語り、今年1月に腰の手術を受けた件について、「足腰に関しては、もう完璧に近い。今は100メートル9秒ぐらいで走れるんじゃないかな」とくだらなくて小学生でも言わない軽口を叩いた。これなら準備ゼロでも即戦力だ。
番組表を見ると、最初の1週目は、有楽町を散歩するようである。隣のメジャーな銀座でなく、超一等地なのにいまひとつオマケ感のある町歩きは高田純次に似つかわしい気もする。「ビルの地下街で金塊を発見!?」「純喫茶の絶品パンケーキ」「名俳優たちに出会える憩いの広場」といった内容だそうだが、金塊には「キンカイもいいけど、バリ島にキンタマー二という場所があって、好きなんだ」とか、ウエイトレスがおいしそうなパンケーキを運んできたら「キミのその下着、何味のやつ?」とか、広場を歩いては「オレはなんでもないところでもつまずくよ」とコケたりするのだろう。
散歩ブームで観光地化の進む、私が長年住んでいる谷中・根津・千駄木エリアにも遠からず高田純次はやってくるに違いない。増殖中のこじゃれたギャラリーに立ち寄っては「ボクには、知性も野生も感性もないんだ」とつぶやいてほしいし、海外からの観光客を捕まえては「キミはクレオパトラに似てるね。クレオパトラに会ったことはないけど」とリリースしてほしい。この町に堆積しつつある過剰な付加価値を、一挙にどうでもいい感じに無化していただきたい。
すでに番組は成功したも同然だが、惜しむらくは地上波放送が関東エリア限定ということだ。歩く範囲が東京近郊だとしても、どこの町も高田純次フィルター越しに楽しく映るので、ぜひ全国放送を期待したい。
高田純次のセンスは関西でも立派に通用するはずだが、もしいかにも東京出身者で実は元デザイナー志願者だった彼の美意識が鼻につくようならば、『じゅん散歩』の関西版を作ってほしい。対抗できるキャスティングとして間寛平はどうだろう。というか、なぜ散歩番組『寛平ちゃんの歩きたい~の』がまだないのだろう。どっかのバラエティ番組の片隅でもう散歩しているか。だったら全国で流してくれ。それで関西の散策地を学びたいものだ。
というように、意味なく山なく落ちなく話題がつきない新番組。高田純次は現在68歳だが、7年続けたら後期高齢者だ。超高齢化社会もいいもんだと国民が錯覚するように、ぜひ長寿番組化を目指してほしい。