書籍を執筆する際、アイドルを考察した本(『幻の近代アイドル史: 明治・大正・昭和の大衆芸能盛衰記』(笹山敬輔、彩流社)等)は参考にしましたが、これまでに出版されたアイドル本人の書籍は参考にできませんでした。自分が書いている文章に、前例がなかったからです。
ブログ以外のメディアに公開された私の文章は、第一に現役の地下アイドルが客観的に業界を見ていることが、第二に業界に疎い人にもわかってもらおうと書かれた文章が、珍しいとされて反響がありました。そして私は自分のいる地下アイドル業界が、想像以上に世間に知られておらず、魅力が伝わっていないことに気が付いたのです。
地下アイドルはアイドルの枠にとらわれず、様々な活動ができることも魅力のひとつです。私は地下アイドルとして執筆業にも身を置くようになりました。いくつも地下アイドルに関する記事を書き、取材を受けました。
しかし、私には大きな悩みがありました。文字数に制限のないように思われるネットメディアから「ユーザーが読まない」という理由で、週刊誌と同じように、枕営業などの奇抜な内容の短い文章を依頼されることが多かったのです。時に「暴露系アイドル」と呼ばれることも増え、本来の目標であった「地下アイドル業界の魅力を伝える文章」からは遠く離れる仕事も、しばしば出てきました。
しかし同時に、エキセントリックな内容でなければ、はなから見向きもされない現状にあり、葛藤が続きます。
私は、知名度が高くなくても懸命に活動する地下アイドルと、彼女達を応援するファンの、熱気や、滑稽にも見える愛嬌を伝えたくて文章を書き始めたのです。暴露や内部告発のためではない、と、胸の痛む日々が続きました。
書籍には週刊誌に書き立てられているようなアイドルの枕営業事情や、テレビのドキュメンタリーで映されているような過酷な生活を送るアイドルの姿などのブラックな実態も書きました。それから、ライブハウスで歌うことから始まった私の活動が、丸6年という期間を経て書籍を発売するまで、どのように変化してきたのか。様々な観点からの業界の考察、等々。
一冊の本をまとめて読んだ時、意外なことにじんわりと業界への愛や、魅力に惹かれる気持ちが再燃しました。直接的には書いていないけれど、私が伝えたかった地下アイドルやファンや業界の魅力が、すべてを読むと思い出されてきたのです。本の中から一章だけ取り出して読んでもわからなかったことです。本を書いてよかったと、心から思いました。
よく、地下アイドルとして活動していると「どうして過酷なのに辞めないのか」という質問が寄せられます。それは私を含む地下アイドルが、業界で自分の居場所を探している途中だからです。居場所は有名になることとは、また別の場所にあります。私は地下アイドルとして文章を書くことが、いまのところ最も自分に合っていると思って本を書きました。そして無名の地下アイドルである私が本を出版できたのは、何よりも地下アイドル業界のおかげなのです。