松本伊代一覧

【松本伊代】に関するニュースを集めたページです。

『センチメンタル・ジャーニー』で、日本レコード大賞をはじめ多数の新人賞を受賞(写真/女性セブン)
松本伊代が語る『センチメンタル・ジャーニー』筒美京平さんの凄さ
 昭和の偉大な作曲家である筒美京平さん。松本伊代が日本レコード大賞をはじめ多数の新人賞を受賞した『センチメンタル・ジャーニー』も、筒美さんの作曲だ。今年デビュー40周年を迎えた松本が、思い出の曲について振り返った。 * * * 筒美京平先生のお名前は、歌番組で表示される作曲家のクレジットで知りました。父が好きだった尾崎紀世彦さんの『また逢う日まで』をはじめ、多くのヒット曲を書かれていて「すごい人だなぁ」って。ですからデビュー曲『センチメンタル・ジャーニー』(1981年)を作曲していただけると知った時はとても嬉しかったことを憶えています。デビューにあたっては先生のピアノで歌のレッスンを受けましたが、終始穏やかな物腰で子供だった私にも優しく接してくださって。 湯川れい子先生の詞を初めて見た時は驚きました。私は自分のことを「伊代は~」と名前では呼ばないので、ちょっと不安だったのですが、京平先生のメロディに乗せて歌い始めたら、気恥ずかしさは消えました。詞にメロディがはまっていたので違和感なく歌えたんです。先生の偉大さを最初に感じた瞬間でした。 私はずっと自分の鼻声にコンプレックスを持っていたんですね。でも先生はその声を個性として見抜いて、約30曲も提供してくださった。2004年にCD-BOXを出した時は「実にユニークな響きのある声。平山みき、郷ひろみとともに私の好きな三大ボイスの1つです」というコメントまでいただいて。私の声が魅力的に聴こえるような曲をたくさん作ってくださったことに感謝しています。 先生の曲って、すべてがサビというか、どの部分を聴いても印象に残るメロディだと思います。先日、あいみょんさんが好きな曲の1つに『センチメンタル・ジャーニー』を挙げてくれましたが、私が若い人にも知られているのは先生のおかげ。20歳から数年間、大人になろうとして歌うのを封印した時期もありましたけど、これからは先生から贈られた宝物として、いくつになっても歌い続けていきます。【プロフィール】松本伊代(まつもと・いよ)/1965年生まれ、東京都出身。1981年『センチメンタル・ジャーニー』でデビューし、各新人賞を受賞。現在はバラエティでも活躍中。今年デビュー40周年を迎える。取材・文/濱口英樹※週刊ポスト2021年8月13日号
2021.08.02 19:00
週刊ポスト
あゆ、明菜、きゃりー、有村も 「聖子ちゃんカット」コレクション
あゆ、明菜、きゃりー、有村も 「聖子ちゃんカット」コレクション
 デビュー記念日の4月1日に、松田聖子がデジタルシングル『青い珊瑚礁~Blue Lagoon~』を配信した。セルフカバーとなった同曲のMVで大きな話題を呼んだのが、40年ぶりに披露された「聖子ちゃんカット」。一世を風靡した大人気カットに“再ブーム”の兆し……と思いきや、実はいまも昔もずーっと、聖子ちゃんカットは“女子たちの憧れ”だったんです! 古今東西の“聖子ちゃんカット”を集めました 松田聖子のデビュー当時のヘアスタイルは、1980年代に若い女性がこぞって真似をし、一大ブームとなった。髪の長さは肩にかかる程度で、前髪を下ろし、サイドの髪は外巻きのレイヤード、バックの髪は内巻きにするのが特徴。●早見優、中森明菜、松本伊代、小泉今日子、堀ちえみ 1982年の日本歌謡大賞では、聖子ちゃんカットの「花の82年組」がズラリ。『センチメンタル・ジャーニー』が大ヒットした松本伊代が、放送音楽新人賞を受賞した。●石川秀美 80年代を中心に活躍した石川も、デビュー当時は聖子ちゃんカット。●中森明菜、小泉今日子 1971年から放送された日本を代表する公開オーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)にて、デビュー前の小泉・中森の貴重な2ショット。あどけない表情が初々しい。●浅香唯 浅香唯がデビューから1年経った1985年の『新宿音楽祭』で歌う1コマ。1980年代中盤でも、まだまだ聖子ちゃんカットの人気は健在。●浜崎あゆみ 浜崎あゆみは、シングル『Sparkle』のMVの中で、聖子ちゃんカットを披露。音楽番組『ザ・ベストテン』(TBS系)をオマージュした同MVは「似合いすぎ」と人気を博した。●きゃりーぱみゅぱみゅ 歌手のきゃりーぱみゅぱみゅは、2016年12月に自身のインスタグラムで突如聖子ちゃんカットを公開。またたく間に反響が広がり、5万以上の「いいね」がついた。●今田美桜 今田美桜(『タマホーム』CMより) 写真12枚  女優の今田美桜が『タマホーム』のCMに登場。歌謡ショー風のステージで「♪ハッピーライフ、ハッピーホーム、タマホーム」と、CMソング『ハッピーソング』を披露した。●有村架純 セーラー服に聖子ちゃんカットを披露したのは有村架純。連続テレビ小説『あまちゃん』(NHK)でアイドル役を演じ、大きな注目を浴びた。●清野菜名、浜辺美波 2018年10月に放送され、人気を博したドラマ『今日から俺は!!』(日本テレビ系)に登場した清野菜名、浜辺美波。旬の女優たちが、80年代ヘアで新たな可愛さを見せた。●島崎遥香 青年漫画雑誌『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)の「80年代アイドル特集」で、AKB48の元メンバーで“ぱるる”こと島崎遥香が聖子ちゃんカットで表紙を飾った。※女性セブン2021年4月22日号
2021.04.09 16:00
女性セブン
TV業界に新風を吹き込んだ(YouTubeより)
フワちゃんブレークで再確認 嫌われないタメ口女性の歴史
 テレビで見ない日はないほどに、大人気のピン芸人・フワちゃん(26才)。その特徴ともいうべきものが“タメ口”だ。そして、フワちゃん以前にも、”タメ口”を操り、テレビで人気を得たタレントもいたのだ。フワちゃん人気の裏側と、テレビ界の”タメ口”タレントの歴史について、放送作家の山田美保子さんが分析します。 * * *黒柳徹子サンにもタメ口。「たけし」「さんま」と呼び捨て 自称「コロナの申し子」フワちゃんのブレークが止まりません。ちなみに「〜申し子」の理由は、春先、新型コロナウイルス感染拡大のため、収録やロケなどのスケジュールが軒並みストップしてしまったテレビ界にあって、フワちゃんだけは仕事が減らなかったからなのだとか。 大手芸能プロダクションをクビになってから完全なるフリーランス。現在はスタイリストさんが付いたといいますが、スポーツブラ、タンクトップにミニスカートやホットパンツというコスチュームは当初、自前で、スマホと自撮り棒片手に単独行動しているフワちゃんには、局側も声をかけやすかったのだと思います。 もちろん、登録者数73.9万人(10月12日時点)を誇るユーチューバーとしても“先行”していたフワちゃんですから、発信力があってトレンドにも敏感。もともとコンビで芸人さんをしていたので頭の回転の速さや確かなリアクションにも定評があり、しかも瞬発力があって、出てきた途端にスタジオを温めることができるのです。番組の企画会議で「フワちゃん」の名前が挙がるのは当然と言えましょう。 そんなフワちゃんは篠原ともえサン(41才)に憧れていて、幼少の頃から“シノラー”だったといいます。9月5日には、篠原サンがパーソナリティーを務めるラジオ番組『東京プラネタリー☆カフェ』(TOKYO FM)での初対談が叶いました。 そのときの様子というのが、「おはぴよー! フワちゃんで~す。来たよ~」「篠原さんから呼んでくれるなんて、マジヤバイ」「だって私、『徹子の部屋』(テレビ朝日系)でも(シノラー時代の)写真を出したんだから」と長年憧れていた篠原サンに対し、タメ口! そういえば黒柳徹子サン(87才)に対してもそうだったし、CMで共演した小池百合子東京都知事(68才)にもタメ口でしたっけ。ビートたけしサン(73才)にも明石家さんまサン(65才)にも「たけし」「さんま」と呼び捨てです。 そういえば、前事務所をクビになった原因も、オーディションに行ったTBS内でダウンタウンの松本人志サン(57才)の楽屋を見つけ、挨拶に行こうとしたのをスタッフに止められていた際、所属事務所の重役さんに悪態をついたからだといわれています。とにかく大物を前にしても動じず、奔放な言動のままで徹底してタメ口。それでも憎まれず、視聴者にも共演者にも大物にも失礼だと思われないのは“お人柄”だと思います。 何度か共演させていただいていますし、テレビ局ですれ違うことがしょっちゅうあるのですが、いちばんに感じることは、彼女の頭のよさ。私が担当している番組や出演している番組のことをちゃんと認識してくれていて、「来週、(番組に)行くよ〜」「よろしくね〜」などと声をかけてくれるのです。 そうかと思えば、「○○(←某大物)にアッタマ来ちゃったからテンション下がっちゃった。ごめんね~」などと、けっこうキチンとしてもいます。タメ口と人柄のギャップから、そう見えているだけかもしれませんが(苦笑)。ぼくを“欽ちゃん”って呼んでくれるのは宏美チャンだけなの 思えば、芸能界にはフワちゃんの大先輩ともいうべき“憎まれないタメ口オンナ”がいらっしゃいました。実は彼女たちには共通点がいくつかあって、まずは「お嬢さま」という点です。特に昔の芸能界には幼少時から私学に通っているようなお嬢さまはとても少なかったのですが、浅田美代子サン(64才)や岩崎宏美サン(61才)、松本伊代サン(55才)らはその代表格でした。 タメ口オンナという印象がないですか? はい、フワちゃんほどのタメ口ではありませんが、インタビューをさせていただくと、会話の中に、ちょいちょい(!)タメ口が。そして大物をニックネームや“ちゃんづけ”で呼ぶ共通点もありました。 宏美サンは萩本欽一サン(79才)時代の『スター誕生!』(日本テレビ系)出身者ですが、「ぼくのことを“欽ちゃん”って呼んでくれるのは宏美チャンだけなの」と萩本サンはたびたびおっしゃり、それを喜んでおられたのです。 美代子サンは『時間ですよ』(TBS系)が女優デビュー作ですが、堺正章サン(74才)を「マチャアキ」と。大人になってからも中村玉緒サン(81才)を「お母さん」、樹木希林さん(享年75)を「ばあば」と呼んでいらっしゃいました。呼ばれた皆さんが美代子サンのことを妹や娘のようにかわいがっていらっしゃることは言うまでもありません。 伊代サンも昔から、悪びれることなく(!)タメ口ですし、ニックネームや“ちゃんづけ”“くんづけ”を連発なさいます。ご友人に、そういう「お嬢さま」が多かったことと、デビュー時の“環境”に恵まれていたからでしょうね。萩本サンのように、後輩から親しみをもって呼ばれることを「うれしい」と思ってくださるかたも、伸び伸びと育ってきた少女たちをそのまま大人にさせてくれたのでしょう。 近年では、神田うのサン(45才)と森泉サン(37才)が浮かびます。おふたりもまた「お嬢さま」として有名で、セレブな大人にずっと囲まれているという印象がありますし、スタイル含め、抜群の美貌の持ち主でもありますよね。 そういう美人がタメ口を連発するとイヤミに聞こえてしまいそうですが、視聴者の皆さんはともかく、仕事仲間である“芸能部”で嫌われないのは、彼女たちが実はとっても礼儀正しいからなのです。うのサンは、かなり大人数で食事をしていて(注・コロナ禍の話ではありません)、翌日の仕事が早いために先に帰ることになったとき、黙って全員分のお会計を済ませるような女性。年上の大人たちがたびたび驚いていました。 泉サンのタメ口とフレンドリーでありながら、とても正直でハッキリした人柄は、共演者からとっても好かれているのです。『おしゃれイズム』(日本テレビ系)の司会は今年で15年。どんなゲストにもタメ口ですが、怒らせたり不機嫌にさせたりというエピソードは聞こえてきません。 こうして芸能界のタメ口オンナをひもといていくと、誰もがすぐに真似できることでもないように思います。彼女たちはみな、もともと、おっとりした面があるのだけれど、ボーっとはしていなくて、目配りや気遣いがちゃんとできている。しかも、その道のプロとして長年、芸能界で活躍していらっしゃいます。 実はフワちゃんは帰国子女。お父さまは輸入雑貨店を経営されていて、以前、実家ロケをした際、「豪邸だし室内がキレイすぎる」と評判になったので、きっと「お嬢さま」なのでしょう。タメ口の大先輩たちのように、フワちゃんが息の長い芸能生活を送れるよう、ファンとして祈っています。■構成/山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ~テレ)、『アップ!』(同)、『バイキングMORE』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。※女性セブン2020年10月29日号
2020.10.19 07:00
女性セブン
最強の昭和ポップスを決めよう! 半田健人が選んだ1曲は?
最強の昭和ポップスを決めよう! 半田健人が選んだ1曲は?
 令和の時代になってもまだまだ愛され続けているのが、昭和のヒット曲たち。クラブでは“昭和歌謡ナイト”に若者たちが酔いしれ、上白石萌音がカバーした小坂明子『あなた』の動画も話題となっている。そこで昭和ポップスに詳しい俳優・歌手の半田健人さん、昭和歌謡ライターの田中稲さん、Webデザイナー&サイト運営するさにーさんの3人が、“最強の昭和ポップス”を決めるべく、鼎談を開催した。まずは、それぞれが“最強の楽曲”候補として事前に選出した「昭和ポップスMY BEST10」を紹介する。【半田健人さんのMY BEST10】第1位 バス・ストップ /平浩二(1972年)第2位 みずいろの手紙 /あべ静江(1973年)第3位 また逢う日まで/尾崎紀世彦(1971年)第4位 ひとりじゃないの/天地真理(1972年) 第5位 私はピアノ/高田みづえ(1980年)第6位 あなたの心に/中山千夏(1969年)第7位 君が美しすぎて/野口五郎(1973年)第8位 ふりむかないで/ハニーナイツ(1970年発表、レコード発売1972年)第9位 お座敷ロック/五月みどり(1958年)第10位 ルビーの指環/寺尾聰(1981年)【田中稲さんのMY BEST10】第1位 TVの国からキラキラ/松本伊代(1982年)第2位 青葉城恋唄/さとう宗幸(1978年)第3位 ギャランドゥ/西城秀樹(1983年)第4位 お嫁サンバ/郷ひろみ(1981年)第5位 熱き心に/小林旭(1985年)第6位 少女人形/伊藤つかさ(1981年)第7位 ラ・セゾン/アン・ルイス(1982年)第8位 疑問符/河合奈保子(1983年)第9位 色つきの女でいてくれよ/ザ・タイガース(1982年)第10位 前略、道の上より/一世風靡セピア(1984年)【さにーさんのMY BEST10】第1位 YOUNG MAN/西城秀樹(1979年)第2位 時代おくれ/河島英五(1986年)第3位 あんたのバラード/世良公則&ツイスト(1977年)第4位 S・O・S/ピンク・レディー(1976年)第5位 勝手にしやがれ/沢田研二(1977年)第6位 ハッとして!Good/田原俊彦(1980年)第7位 SEPTEMBER/竹内まりや(1979年)第8位 初恋/村下孝蔵(1983年)第9位 飾りじゃないのよ涙は/中森明菜(1984年)第10位 SWEET MEMORIES/松田聖子(1983年) 果たして最強の一曲は決まるのか。それぞれのトップ3について思いを聞く。 * * *──では、トップ3を見ていきましょう。半田:ぼくの3位は尾崎紀世彦さんの『また逢う日まで』。これはズー・ニー・ヴーの『ひとりの悲しみ』(1970年)が元歌ですが、これを改詩改題して成功した曲としても知られています。2位の『みずいろの手紙』は、小6以来、あべ静江さんがぼくの永遠のマドンナというのが大きな理由(笑い)。 そして1位が、同じく小6で心を持っていかれた平浩二さんの『バス・ストップ』。これはイントロのトランペットや平さんのハイトーンボイスが、洋楽の『オンリー・ユー』を彷彿とさせるとよくいわれていますが、演歌でもなく、バリバリのポップスでもなく、極めて日本人による日本人ポップスの1つの完成形じゃないかと思います。田中:私の3位は西城秀樹さんの『ギャランドゥ』。これは、ギャランドゥの意味が、へその下の毛になってきているのですが、それ抜きで聴いてほしい! 作詞・作曲のもんたよしのりさんによる語感がさえた詞のよさを、とにかく知ってほしいんです! そして、2位がさとう宗幸さんの『青葉城恋唄』。本当に美しいご当地ソングで、一時期着メロにしていました。半田:この曲はコードが3つしかないので、ギター初心者の入門曲にも最適なんですよ。田中:少ないコードで、こんなにきれいな曲ができるというのはいいですねえ。そして、私の第1位が松本伊代さんの『TVの国からキラキラ』。半田:これは意外な選曲!田中:これ、糸井重里さんが作詞した曲なんですが、カタカナの歌詞がキャッチーだし、せりふも振り付けもすごくかわいい。まさにキラキラした究極のアイドル歌謡の頂点じゃないかなと思って。半田:なるほど~。改めて聴いてみようかな。さにー:私の3位は『あんたのバラード』。世良公則&ツイストです。田中:やった~! 実は私『ザ・ベストテン』に1回だけ投票はがきを出したんですが、それがこの曲です!さにー:そんな思い出があるんですか!?(笑い) ゆっくりしたテンポの曲なのに、歌詞がすごく短いんです。この短さでこんな曲が書けることが驚きで……。半田:たしかに最近の曲には「え、ラップ?」ってくらい長い歌詞がついてるから、新鮮かもしれないですね(笑い)。さにー:はい。1位と2位はすごく迷った末、とりあえず『時代おくれ』を2位にしました。これは阿久悠さんの作詞が素晴らしくて、自分のテーマ曲にしたいくらいです。 この曲ができた1986年は景気のいい時代だったのに、あえて逆をいくかっこよさ。そして、タイガーマスクなど正体を隠す系のアニメのように、裏では努力しているのに表では何も言わないところが重要です。いまは「何で言わない、言わなきゃわかんない」みたいな感じがあって粋じゃない。半田:いわゆる、やせがまんの美学ですよね。さにー:まさにそうです! そして、1位は西城秀樹さんの『YOUNG MAN』です。亡くなった翌日に歌謡バーに行ったら、当然この曲も大音量で流れていて、もう涙が止まらなくなってしまった思い出があります。田中:私もヒデキ大好き!(と、立ち上がり、デザインを見せて)だから、今日も、ヒデキTシャツを着てみました!一同:お~~! 田中:私は追悼フィルムコンサートに行ったんですが、みんな画面に向かって手を振っていて、秀樹さんの引力を改めて感じました。亡くなってからあまりの喪失感の大きさに「なんなんだ、この寂しさは!?」と自分自身、驚いたくらいです。さにー:この曲っていまいちばん世の中にないタイプの曲ですよね。しかも、これが嫌みなく明るく歌えるのって、秀樹さん以外に誰も思い浮かばない。半田:あのジャンプスーツをかっこよく着こなし、元ネタのヴィレッジ・ピープルの曲を健康な青春歌謡に変えたのが最もすごい点でしょう。さにー:いまSNSでは、秀樹さんの没後に、また秀樹さんの曲を聴き始める“ブーメラン組”が増えているそうです。ヒデキ人気は永遠ですね。──お話をお聞きして、甲乙つけがたいのがわかりましたが、最強の一曲を……まずお互いのセレクトで心に残ったのはどの曲ですか?半田:ぼくは、田中さんのリストでは『色つきの女~』が断然好きですね。さにーさんリストでは断然『時代おくれ』!田中:私は半田さんの『みずいろの手紙』とさにーさんの『初恋』が心に残りました。さにー:私は半田さんの『バス・ストップ』と田中さんの『お嫁サンバ』かな。半田:おふたりの意見は参考になりますが、やっぱりぼくの1位は『バス・ストップ』だし、田中さんとさにーさんも、1位の曲がいいですよね?田中&さにー:はい!半田:それぞれの1位を、それぞれの「昭和の最強の曲」にしたら、どうでしょうか。──ということで、ぜひみなさんも秋の夜長に「最強の昭和ポップス」をご自身で選んでみてください。【プロフィール】半田健人/1984(昭和59)年生まれ。『仮面ライダー555』で初主演。2014年に自身初のオリジナル・フルアルバム『せんちめんたる』をCD&LP同時発売。2017年に全曲自宅録音のアルバム『HOMEMADE』をリリース。現在は作曲家やタレントとしても活動している。田中稲/1969(昭和44)年生まれ。大阪を拠点にライターとして活動中。昭和歌謡、ドラマ、懐かしブームなどを中心に執筆。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)など。CREA WEBにて『田中稲の勝手に再ブーム』を連載中。さにー/1992(平成4)年生まれ。Webデザイナーの傍ら、1970~1980年代のヒット曲の総合情報サイト『あなたの知らない昭和ポップスの世界』を運営。昭和ポップスの魅力を伝えるため、ラジオやテレビなどにも出演。※女性セブン2020年10月22日号
2020.10.14 16:00
女性セブン
1位の夫婦は?好きな芸能人夫婦、嫌いな芸能人夫婦ランキング発表
1位の夫婦は?好きな芸能人夫婦、嫌いな芸能人夫婦ランキング発表
ここ数年で有名人同士の芸能人夫婦が続々と誕生しました。イメージがよい芸能人夫婦はCMに起用されて目にすることも多くなります。芸能人夫婦でスキャンダルやトラブルが発覚すれば人気は地に落ちますし、インスタが炎上することも珍しくありません。たまGoo!では「好きな芸能人夫婦」「嫌いな芸能人夫婦」アンケートを実施。常連夫婦やあの夫婦はランクインしているのでしょうか調査概要調査テーマ:好きな芸能人夫婦、嫌いな芸能人夫婦調査方法:ボイスノートにてWEB調査調査期間:2020年9月18日から24日調査対象:全国の既婚男女、18-60歳回答者について好きな芸能人夫婦ランキングまずは好きな芸能人夫婦から発表です。回答者のコメントも一緒にみていきましょう。(ランキングには重複順位あり)1位は「ヒロミ・松本伊代」アンチもいそうな(?)夫婦ですがテレビで披露するヒロミのほっこりした奥さんネタが好感度をあげているようです。なんでもできるヒロミさんと天然の伊代さん、応援したくなる夫婦が1位獲得です。年代別にみると20代ではランク外でしたが、30代2位、40代で1位、50代で2位とファミリー層から人気があるようです。#天然嫁 #仲良し夫婦 #なんでもできる夫・人間に達していないレベルの伊代ちゃんをヒロミが優しく見守っている感じがするから(男性・40~49歳)・歳を重ねても、ヒロミが松本伊代を大事にしているから(男性・30~39歳)・伊代ちゃんは決して家事などが出来る奥さんでないのに、出来なくても好きといって、大事にしている夫というのが神と思っています。 (女性・50~59歳)・いつまでも仲良し。ヒロミさんの心の広さと伊代さんの天真爛漫さが素敵。(女性・30~39歳)・伊代ちゃんが、そうとうな天然みたいなのを、ひろみさんがものすごい包容力で見守っている感じと、ひろみさんのDIY力と、奥さんを好きでいつづけている事を照れずに出している所。(女性・50~59歳)2位は「DAIGO・北川景子」結婚してから高感度がさらにアップしている夫婦。この夫婦は「品の良さ」がピカイチ。DAIGOは竹下登元首相の孫で裕福な家庭の出身でさわやかなルックス。北川景子さんもクールビューティで良家のお嬢様。令和になって赤ちゃんも誕生。年代別にみると20代、30代で1位、40代で2位、50代で5位とすべての年代でライクインしています。最強夫婦は今後も「好きな芸能人夫婦」にランクインされることは間違いないでしょう。#美男美女 #品の良さ #元総理の孫 #すべての年代で人気・美男美女で、DAIGOの優しいキャラクターが好きだし、理想の夫婦だと思うから(女性・50~59歳)・美男美女でも、高飛車ぶっていないところ。周りを大切にしていそうなイメージがあるから(女性・40~49歳)・結婚前からみんなに祝福されるカップルはなかなかいないと思う。子どもが産まれたときも心から思えた。(女性・30~39歳)・裏表がなさそうで二人とも幸せそう 身近にいてほしい幸せカップル(女性・30~39歳)・仲が良さそうで、かといってメディアでいちゃつき過ぎたり必要以上に話題に出すわけでもなく、好感が持てるから。(女性・30~39歳))3位は「三浦友和・山口百恵」永遠にランクインするであろうこのご夫婦。二枚目俳優と人気絶頂のアイドル歌手だったお二人。映画で共演した友和さんとの結婚を機に百恵さんは芸能界をあっさり引退。その後一度も、マスコミの前にでることもなく、家庭ファーストを貫いています。このぶれない潔さが好きな芸能人夫婦に長年ランクインしている理由なのかもしれませんね。趣味でやっているキルトの本を2019年に出版。キルト本の域をはるかに超えて大人気だったそうです。年代別にみると20代、30代はランク外、40代で8位、50代でぶっちきり1位。年代の違いがはっきりとわかる結果になっています。#完全引退 #内助の功 #理想の夫婦・結婚してからの三浦友和の活躍は、内助の功があってこそだと感じられる。仲が良いのも好感が持てる。(女性・50~59歳)・山口百恵が芸能界に復帰しておらず、普通の主婦を貫いている(女性・50~59歳)・夫婦仲の良さと、夫婦お互いへのおもいやり(男性・50~59歳)4位は「佐々木健介・北斗晶」鬼嫁の北斗さんと涙もろい佐々木健介さんご夫婦。いつも夫婦一緒に笑っているイメージがありますね。北斗さんが2015年に乳がんと診断されたときも、家族一丸となって乳がんを乗り越えました。年代別にみると30代で4位、40代で4位、50代で5位と3世代でライクインしています。#かかあ天下 #鬼嫁 #いつも笑顔 ・とにかく、見ていて微笑ましい。女房の尻に敷かれるほうが、夫婦はうまくいくということを知った。佐々木健介氏の顔がいつも幸福そう。お互いを大切に思っているのが分かる。(男性・40~49歳)・とても仲良さそうで、お互いに思いやっている姿勢が素敵だと思います。(女性・50~59歳)・すごく家族全員仲が良い。(既婚・女性・40~49歳)5位は「堺雅人・菅野美穂」演技派俳優同士のご夫婦。芸能界でもそれぞれ主役をはれる夫婦は多くいません。堺さんが「半沢直樹」のドラマなどで多忙な時期は菅野さんが家を守り、菅野さんがドラマに出演する際には堺さんが仕事をセーブするというワークバランスもばっちり。人気実力ともにトップ俳優の2人ですが、菅野さんがママチャリで買い物するなど庶民的なところも人気がある理由ではないでしょうか。年代別にみると30代で5位、40代で7位、50代で3位と半沢効果で幅広い層から人気を集めました。#演技派 #クリーン #庶民的 #半沢効果・どちらも現役で人気芸能人。オンとオフも分かれてそうで、悪い噂も聞かない。(男性・50~59歳)・夫婦お互い思いやり、家族を第一に考えているようで、不倫などのスキャンダルがない(女性・50~59歳)・堺雅人は印象がいいし、菅野美穂は、でしゃばらず、旦那様が、いい仕事をできるのは、菅野美穂の内助の功があるのかな…と、思ったから。(女性・50~59歳)6位~10位の夫婦が好きな理由ベテラン夫婦が多いなか、フレッシュ「中尾明慶・仲里依紗」夫婦が大健闘しています。6位「唐沢寿明・山口智子」夫婦といえども独立していて大人の夫婦というイメージ。山口智子さんは以前のイベントで「自分が世界で1番幸せだと思う瞬間は、唐沢寿明さんとご飯を食べているとき時」いっています。すごいおのとけですよね。子どもはいませんが、唐沢さんとしっかり向き合い、二人の関係を築いていく人生は、画面から伝わってきます。年代別にみると20代で2位、30代で6位、40代で5位、50代で4位とすべての年代でライクイン。山口智子さんの露出は昔に比べると減っているのにこの人気は本物ですね。#スタイリッシュ夫婦 #ドラマ共演・お互いに好きなことをしていても信頼しあっているのが伝わるから。(女性・40~49歳)・唐沢さんも山口さんも人間性が大変良く温かみがあって、俳優という以前の人間力が大変魅力的だから。(女性・50~59歳)・お互い仲が良く、夫婦でとらわれず自分のスタイルも大事にしていてカッコいいから(女性・20~29歳)7位「反町隆史・松嶋菜々子」こちらも美男美女夫婦のご夫婦。反町さんは2019年に名前を告げず人命救助をしてさらに高感度をアップしましたね。松嶋菜々子さんは子育て中は仕事セーブしながらもキャリアをきちんと積んで、女優として第一線で活躍しているのはさすがです。年代別にみると20代で2位、30代で3位、40代で4位、3代でライクイン。#反町スタイル #美男美女・結婚当初直ぐ離婚すると思っていたがお互い支え合っているイメージしか湧かない(男性・30~39歳)・お二人とも理想の美男美女で、自然体なところ(女性・30~39歳)・GTOのドラマからお似合いで、結婚して欲しいと思っていた。美男美女だから(女性・30~39歳)8位「木梨憲武(とんねるず)・安田成美」お笑い芸人と女優のご夫婦。多才な憲武さんを影ながら応援している成美さん。休日にはそろって外出や買い物をして夫婦仲は変わらないようです。年代別にみると20代で2位、30代はランク外、40代で3位、50代で5位に。木梨さん、安田成美さんもバラエティやドラマにコンスタントにでていたのはが数十年前。40才以上に人気があるのも納得です。#お笑い芸人と女優 #仲良し夫婦・お互いに無理して居なさそうで、互いに好きな事が出来ていそうでうらやましい。(男性・50~59歳)・自由奔放なのりさんを成美さんが支えていて仲良し夫婦なところが素敵(女性・40~49歳)・奥様がでしゃばらず旦那さんを立てている様がいい(女性・40~49歳)9位「木村拓哉・工藤静香」【20世紀最後の大物カップル】の二人が結婚したのは今から20年前。気が付けば娘二人も美しく成長して芸能界デビュー。そして、家族全員のインスタフォロワー数はのべ870万人、すごいの一言です。年代別にみると20代で2位、30代ランク外、40代で7位、40代で7位でランクインしています。#最強家族 #20世紀最後の大物カップル・公にはしないものの、インスタなどで家族の幸せな時間が見られる。個々にも容姿も中身も全て素晴らしい。(女性・30~39歳)・二人とも存在感があり、子供も目立っているから(男性・40~49歳)10位「中尾明慶・仲里依紗」仲良く子育てをしている姿がイメージできる夫婦。今年の3月にそれぞれユーチューブチャンネルを開設。飾らない夫婦の日常を配信することで多くの人たちから支持を得ているのでしょう。中尾明慶さんの人懐っこいキャラクターや仲里依紗さんの確かな演技力で好きな芸能人夫婦ランキングの常連になることは確実ですね。年代別にみると20代で2位、30代、50代でランク外ですが、40代で見事5位にランクイン。#等身大夫婦 #夫婦でユーチューバー・夫婦となってそれぞれの魅力がさらに際立っている感じがする。共演しているcmもおもしろい。たくさん会話をして仲良しな印象を受け、自分もそうありたいと思わせてくれるから。(女性・30~39歳)・お2人とも自然体で明るい。互いを尊重していて 裏表がない感じが好感が持てる。(女性・40~49歳)嫌いな芸能人ランキングコロナ禍のトラブル、不倫問題でだいたいの見当がつきますが…、ランキングをみていきましょう。手厳しいコメントも一緒にどうぞ。(ランキングには重複順位あり)1位は「渡部建(アンジャッシュ)・佐々木希」渡部さんの不倫騒動が原因で納得の1位ですね。不倫騒動がなければ好きな芸能人夫婦にランクインされていたかもしれません。コメントでは佐々木希さんが不憫、可哀想などのコメントもありましたが、離婚しない佐々木希が理解できない、なども。芸能人は人気商売です。天から地に人気がおちた今、この夫婦の再浮上は絶望的といってもいいかもしれません。年代別にみると20代、30代で1位、30代、40代で2位に。すべての年代に嫌われているという残念な結果に。#イメージダウン #身から出た錆・渡部が佐々木希と結婚しただけでも許せないのに、今回のスキャンダルで嫁を傷つけたことが許されない。(男性・50~59歳)・渡部が最低だから。ゲスだから、それでも離婚しない佐々木希理解できない、共感できないから。(女性・40~49歳)・色々な情報が多くて痛すぎる夫婦で どうも好きになれない(女性・50~59歳)・旦那が気持ち悪い。おくさんは悪くないが、よく離婚しないなと思う(女性・50~59歳)・不倫されたのに気にしてない奥さんを演じている感じがして気持ちがわるい(女性・40~49歳)2位は「木村拓哉・工藤静香」好きな芸能人ランキング8位のこのご夫婦が2位にランクイン。好きな人以上にアンチ支持が多いのですね。天下のキムタクと娘のプロデュースがお得意な静香さん。ちょっと前まで家族情報については封印していたのに最近、方向転換。自慢の娘2人のインスタ祭りには少々困惑している人も多いのかと。年代別にみると20代で3位、30代で2位、40代、50代ではなんと「渡部建・佐々木希」を抑えて堂々1位に。この夫婦もすべての年代から嫌われているということが判明してしまいましたね。#インスタ家族 #アンチ多し #スマップ解散・子供を含め、工藤静香が家族を悪い方向へ操っている感じがする。(男性・50~59歳)・自分さえよければいいの感覚が大嫌いだから(女性・40~49歳)・そもそも2人とも好きではないから。好きではない人同士が結婚した(女性・40~49歳)・子供をダシにしたり夫婦が出しゃばりすぎて嫌味があるから。(女性・40~49歳)・ここ最近のSNSでの仲良いですアピールや家庭感出してきた感じが嫌だなと思う。イメージアップをはかりたいのかもしれないが、いい歳して気持ち悪いなと思う。(女性・30~39歳)3位は「石田純一・東尾理子」コロナで「反省しない炎上おじさん」と世間から嫌われまくった石田純一夫妻が登場。義父の東尾さんにきっと叱られたにちがいありません。理子さんも入院中の石田さんの画像をアップしてさらに炎上と負の連鎖。年代別にみるとすべての年代で3位にランクインしています。小さいお子さんが3人もいるので名誉挽回しなくてはいけませんね。#自粛中に沖縄 #炎上おじさん・夫婦で助け合っている感じがしない。(男性・50~59歳)・夫の行動が信じられないくらい軽率だと感じ、家族としてどうなんだろうと疑問を感じるから。(50~59歳・女性)・特に夫が、コロナ生活で常識がないと思ったから。(女性・30~39歳)4位は「赤西仁・黒木メイサ」最近メディアでみかけないのに見事4位にランクイン。コメントをみると夫婦感がまったくない、ことがマイナスイメージになっているようです。人気絶頂期に授かり婚…その後、家族ネタも少なく仮面夫婦のウワサも絶えずあがっているお二人です。 年代別にみると20代で3位、30代、40代で4位、50代で5位という悲しい結果に。#仮面夫婦 #自由の象徴・仮面夫婦ぽい(女性・30~39歳)・社会に反発しているように感じて子どもっぽく感じる(女性・30~39歳)5位は「小泉進次郎・滝川クリステル」若手政治家で絶大なる人気があった小泉進次郎さん。滝川クリスタルさんと授かり婚後は人気に陰りが。大人同士なのに授かり婚だったり、首相官邸で結婚発表会見を行ったことなど含めて反感をかったのかもしれません。コメントをみると滝クリの上昇志向が苦手との意見が複数ありました。年代別にみると20代で3位、30代で5位、40代で5位、50代で4位という結果に。2019年にゴールインしたばかりの夫婦の支持率は低いようです。#滝クリ上昇志向 #首相官邸で結婚発表・上昇志向の塊で俗物のものの滝川クリステルがさらにのし上がるために、意のままに操れる無能な進次郎をハメて結婚し、小泉家を利用し尽くしていているのが不愉快。そのうち離婚して政界進出でもしそう。(男性・40~49歳)・滝川さんの策略が前面にでているようで素直に よろこべないとおもいました。(男性・40~49歳)・うそっぽい(男性・50~59歳)6位は「片岡愛之助・藤原紀香」歌舞伎役者の愛之助さんと藤原紀香さんのご夫婦。紀香さんは女優としても迷走している状況のなかで「梨園の妻」を見事手にします。年代別にみると30代で5位、40代で6位、50代で6位とランクイン。#痛々しい夫婦 #でしゃばり紀香・仮面夫婦のようにみえるから。お互いクセが強すぎる。SNSなどのアピールも逆にマイナスイメージ。以前の恋愛と全く違うから。(女性・30~39歳)・嘘くさいから(女性・30~39歳)ネクスト、好きな芸能人夫婦は?ランクインはしませんでしたが、数年後にはランクイン常連夫婦のネクスト夫婦です。このほかにも「三浦翔平・桐谷美玲」、「窪田正孝・水川あさみ」、「生田斗真・清野菜名」などの予備軍も続々と待機中です。山里亮太・蒼井優誰もが驚いた二人の結婚。コメントをみると、意外にも(?)お似合いという言葉が多くありました。年代別でもすべての年代から安定した人気を獲得しています。夫婦になったことでお互いにイメージアップしたお二人ですね。「やまちゃんの懐の大きさと優ちゃんのけなげさ」(男性・40~49歳)「結婚した時に一番衝撃を受けたけど、一年以上続いているから、本当に好きなんだなと思ったから」(女性・40~49歳)「全く想像できない組み合わせなのに、結婚会見を見たときにすごくお似合いだなと思えたから」(男性・40~49歳)青木崇高・優香お子さんも誕生して幸せ絶頂期のご夫婦。すでにCMで夫婦共演していますね。愛妻家であり番組の赤ちゃん誕生シーンで涙する青木さん…。きっといいパパになることはまちがいありません。「2人とも自然体で好感が持てるから」(女性・40~49歳)「お互いを尊重しながら夫婦生活を送っていそうだから」(女性・50~59歳)賀来賢人・榮倉奈々ドラマの共演が縁で結婚したお二人。その後の賀来賢人さんの活躍はめざましいですね。友達夫婦のようで親近感がわきます。年代別にみると20代で3位、30代で7位、50代で7位という安定した結果に。「爽やかではつらつとした2人だから」(男性・50~59歳)「2人ともルックスはもちろん性格も良さそうだし、夫婦ラブラブなのは嘘っぽくないから」(女性・30~39歳)瀬戸康史・山本美月令和に誕生した美男美女夫婦。透明感があってさわやかなお二人。お互いにスキャンダルがないのも好感がもてますね。年代別では20代で3位にランクイン。若い2人だけにこれからの活躍&人気に期待です。「両方ともとても売れている俳優と女優で、両方美形で演技もうまいから。爽やかカップルだから。お似合いだから」(女性・40~49歳)「2人とも顔も性格も良さそうでお似合いな二人だとおもった」(女性・30~39歳)おわりに好きな芸能人夫婦、嫌いな芸能人夫婦ランキング、いかがでしたか。あなたが好きなカップルはランクインしていましたか?上位にランクインしていた夫婦の共通点は「仲のよさ」「親しみ」、嫌われる夫婦の要因は「嫁がでしゃばり」「常識がない」などではないでしょうか。芸能人夫婦でも一般の夫婦でも好かれる、嫌われる条件はかわらないのですね。これからは「ネクスト好きな芸能人夫婦」がランクインするかどうかにも注目ですね。※本記事は掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合があります。ご了承ください。
2020.10.06 11:15
たまGoo!
紫吹淳、50代に見えない美脚に絶賛の声「プロ意識高い」
紫吹淳、50代に見えない美脚に絶賛の声「プロ意識高い」
 7月初旬の深夜に、都内某所でラジオ番組生放送を終えて現れたのは、元宝塚歌劇団トップスターで女優の紫吹淳(51才)。丈の長い真っ白な薄手のワンピースのスリットからは、透明感のある細い美脚が見える。とても50代とは思えないスラリとした美しいスタイルだ。 この夜のラジオでは、プライベートでも仲良しのタレント松本伊代(55才)と、ぶっちゃけトークで番組を盛り上げていた。 宝塚では、1990年代後半から2000年代前半にかけて、主演から敵役まで幅広く演じる人気男役スターとして活躍した紫吹。退団後は、ぶっちゃけキャラとしてもバラエティー番組によく出演してきた。ある関西のテレビ局ベテランディレクターは「関西では上沼恵美子さんにもそのトーク力が認められて、多くの番組に出演していますよ」と話す。 現在、独身。数年前まではバラエティー番組では、結婚相手に求める条件として「年収1億円以上、六大学以上の学歴、ジョージ・クルーニー似、家政婦を雇う」と発言していた。が、最近は「世の中にそんな稼ぐ人はいないってことを、テレビを通していろいろ学ばせていただいて、今は私を『このままでいいよ』って大切にしてくれる人だったら。家事も興味が出てきているんです」と話している。 ある宝塚関係者が語る。「女優一筋で世間知らずだっただけなんです。そういう天然なところが紫吹さんの魅力だと、昔からのファンはよく知ってますよ。 10年ほど前には『タカラヅカ式ダイエット』本を出すなど退団後も体型管理をし続けて、美しさを維持しているプロ意識の高い素敵な元ヅカスターとして、熱心な宝塚ファンからも絶賛されています」 最近の新型コロナウイルスによる自粛期間中は、インスタグラムで毎日のように手料理を披露するなど、“女子力”が注目されるようになっている。 本人も「結婚を諦めていない」と言っているが、すでに手料理を振る舞う男性がいるのだろうか。
2020.07.12 16:00
NEWSポストセブン
聖子と明菜の1980年代頂上対決 作詞家が見た高次元バトル
聖子と明菜の1980年代頂上対決 作詞家が見た高次元バトル
 この4月でデビュー40周年を迎えた松田聖子(58)。昨年の紅白歌合戦でもメドレーを披露し、いまだトップクラスの存在として音楽シーンに君臨する彼女だが、1980年代に激しいライバル争いを繰り広げたのが中森明菜(54)だ。聖子と明菜は何が違ったのか? 今春、『1980年の松田聖子』(徳間書店)を上梓した芸能ノンフィクションライター・石田伸也氏が、歌詞を通じてライバル対決を読み解く。 * * * 80年代のアイドルシーンは、松田聖子と中森明菜による頂上対決が続いた。明菜のデビュー曲『スローモーション』(1982年)は最高位30位に終わり、2作目の巻き返しが必要だった。起用されたのはコピーライターから1年前に転身した作詞家・売野雅勇である。「参考にしたのは阿木燿子さんの一連の作品。例えば『プレイバックPart2』の“バカにしないでよ”のように、捨てゼリフが生きるんだと思った」「私は私よ関係ないわ」と叫ぶ『少女A』(1982年)である。明菜は自分のイニシャルと同じであることに激しく抵抗したが、ディレクターは明菜を強引にマイクの前に立たせ、ほぼ一発でレコーディングを完了させた。そして明菜にとっても、売野にとっても初めての大ヒットとなった。「明菜自身はバラードが好きだけど、本人が好きなものと、お客さんが求めているものは違うというのが『少女A』でわかったはず」 売野の感想である。実際、明菜は『少女A』が嫌いと公言しながら、セットリストから外すことはなかった。売野はさらに『1/2の神話』(1983年)、『禁区』(1983年)、『十戒(1984)』(1984年)で初期の明菜イメージを作った。河合奈保子や、チェッカーズ、荻野目洋子、堀ちえみなども手掛け、80年代のアイドル歌謡シーンに君臨する。そんな売野にとって明菜は、もっとも描きやすい歌手だった。「それは松田聖子という圧倒的な存在がいたから。彼女に対する対立概念として明菜に詞を書けば良かった」 売野の知るところでは、当時のアイドル歌手はほとんど聖子ファンばかりだった。明菜と同じく「82年組」と呼ばれた小泉今日子、石川秀美、早見優、松本伊代は、そろって聖子ちゃんカットでデビューしている。そんな〝絶対アイドル〟の座は、作詞家・松本隆による功績と売野は思った。「ダイヤモンドみたいに、深い部分まで文句のつけようのない詞の世界。理想像としての女の子のかわいらしさを与えていた」 松田聖子の中にある「少女性」をうまく拡大して詞を描く。ならば明菜には「不良性」を与えたのが『少女A』である。売野にとって衝撃だった聖子ソングスは何か? そんな質問に、まず『赤いスイートピー』(1982年)、そして『風立ちぬ』(1981年)だったと答える。「アイドルなのに『タバコの匂いのシャツ』と生々しいフレーズを使い、しかし、それは大人への憧れとしてファンタジーに昇華させた珍しい例。また『風立ちぬ』は、詞とメロディーのマッチングが絶妙だった」 聖子と明菜だけでなく、クリエイターたちも高次元のバトルを展開したのだ。【プロフィール】いしだ・しんや/1961年、熊本県生まれ。「週刊アサヒ芸能」を中心に芸能ノンフィクションを執筆。主な著書に『ちあきなおみに会いたい。』(徳間文庫)、『甲斐バンド40周年 嵐の季節』(ぴあ)などがあり、最新刊『1980年の松田聖子』(徳間書店)が発売中。※週刊ポスト2020年4月24日号
2020.04.19 16:00
週刊ポスト
2008年の紅白初出場歌手たち(共同通信社)
NHK紅白で最後に「蛍の光」を歌わなかった年も 今年は?
 2019年大晦日で放送70回の節目を迎えるほどの積み重ねがあるNHK紅白歌合戦ともなれば、視聴者も承知している「お約束」がある。紅白では当たり前と思われていることのウラに隠された意外な話を、最新刊『紅白歌合戦ウラ話』が話題の合田道人(ごうだみちと)氏に聞いた。■エンディングで「蛍の光」を歌わなかった年がある? 東京五輪前年で聖火ランナーに扮した渥美清がオープニングを飾り、フィナーレでは『東京五輪音頭』で幕を閉じた(第14回)。東京五輪前年の今年も要注目だ。■紅白で最も「肌の露出」が多かった歌手は? とんねるず。パンツ1枚で登場し、背中には「受信料を払おう」の文字が。「アイラブNHK」と叫んでステージを去った(第42回)。DJ OZMAは全裸ボディスーツ着用で抗議が殺到した(第57回)が露出度ではナンバーワン。■「松本伊代」はなぜ紅白に出場できなかったのか?「商品名や個人名は宣伝になるためNHKではご法度。『センチメンタル・ジャーニー』は♪伊代はまだ~がネックで松本伊代は紅白に出場できなかったと言われています。『プレイバックPart2』は真っ赤なポルシェをクルマと歌っていましたが、山口百恵がトリを飾った1978年に“ポルシェ”を解禁(第29回)。『神田川』も歌詞のクレパスが商品名にあたるとNGでしたが、南こうせつが出演した平成にはOKとなっていました(第43回)」(合田氏)■紅白で最も多く「同じ曲」を歌った歌手は? 石川さゆり。『天城越え』11回、『津軽海峡・冬景色』10回。近年は偶数回に『津軽海峡・冬景色』が歌われており、70回の今年は『天城越え』の記録が並ぶか!?■トリと大トリを決めないで開始したことがある? 先攻・後攻を決めず、台本を2パターン用意してスタート。放送中にダーツで選び、矢は白組に的中。白組先攻だったため五木ひろしがトリ、八代亜紀が大トリに(第31回)。※週刊ポスト2019年12月20・27日号
2019.12.17 07:00
週刊ポスト
松本伊代と早見優はなぜ「線路立ち入り」で送検されたのか?
松本伊代と早見優はなぜ「線路立ち入り」で送検されたのか?
 予約キャンセルに騒音トラブル、立ち小便まで、同じ行為をしながら“書類送検や逮捕される人”と“書類送検や逮捕されない人”という微妙な「境界線」が存在する。これらの線引きはどこにあるのだろうか? 過去には芸能人が送検されたケースもある。2017年2月、タレントの松本伊代と早見優はJR山陰線の線路に立ち入ったとして、京都府警に鉄道営業法違反の疑いで書類送検された。 松本が早見と2人で線路上を歩く写真をブログに投稿し、それを見た市民の通報がきっかけだった。危険を伴う線路立ち入りは、当然責められるべき行為だが、送検されるほどのケースだったのか。元検事で弁護士の田中喜代重氏が解説する。「有名人が線路内に立ち入っている写真をブログに上げたことを許してしまうと、模倣する人が出る恐れがある。それを防ぐため、いわゆる“見せしめ”として世間にアナウンスする意味合いがあったのでしょう」 駅のホームで線路上にモノを落とした時や、“開かずの踏切”を待ちきれずに線路内に立ち入れば、それは鉄道営業法違反の可能性がある。身を危険に晒すだけでなく、鉄道事業者や多数の利用者に迷惑がかかる行為は厳に慎むべきだ。※週刊ポスト2019年12月13日号
2019.12.06 16:00
週刊ポスト
松本、早見との同期ランチ会を報告した堀ちえみ
堀ちえみ、松本伊代と早見優に「みんなでコンサートを…」
《さて!日曜日だけど、我が家は早朝起床です。今日私たち夫婦は、大きな仕事が控えています》 7月7日の朝、堀ちえみ(52才)はブログにこう書きこんだ。その大きな仕事とは、今年の4月から社会人となった娘の引っ越しだった。「旦那さんと社会人の息子、義母、甥っ子も加わって、家具の組み立てや衣類の収納などを手伝いました。終わった後は焼鳥店で一緒に食事をし、大変だったけど楽しい時間だったそう。翌日は全身筋肉痛になったみたいです」(堀の知人) 今年2月にステージIVの舌がん、4月にステージIの食道がんの手術を受けた堀は、ブログで元気そうな日常生活を綴っている。娘とランチに出かけたりショッピングをしたり、そして夫とは東京ドームで野球観戦をしている。 7月3日には「花の82年組」の同期の松本伊代(54才)、早見優(52才)と一緒に、銀座のブルガリでランチをしたことを報告した。「3人は10代の頃からの親友で、松本さんと早見さんは闘病中の堀さんを励まし続けていました。堀さんはまだうまく話せないのですが、当日は喋りっぱなしの3時間だったそうです」(スポーツ紙記者) 堀の舌がんの手術は舌の約6割を切除し、そこに太ももの組織を移植するという約11時間にも及ぶものだった。今の堀の舌の状態を、医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広さんはこう解説する。「もともとあった舌と移植した部分とは質的にまったく異なるので、非常に動かしにくい。誤嚥しないように舌を動かすリハビリや喋り方の練習を行いますが、自由に動かせるようになるまでに数年はかかります」 実際、堀もまだ話すのが難しい状況だという。「相手が聞きとりにくそうにしていると、すごく寂し気な表情を見せる時があるそうです。それでも、松本さんたちから“舌ったらずでかわいいよ”と言われ、堀さんは大爆笑し、明るく過ごしています」(芸能関係者) 順調そうに見える一方、堀は大きな葛藤を綴っている。 松本、早見とランチを楽しんだ翌日のブログで、堀は言語聴覚士から仕事復帰の予定について聞かれたことを明かし、《難しい問題です。絶対に100%は元に戻らない訳なので、どこを持って仕事を始めるか…》と苦しい胸の内を吐露した。「もっと以前に近いような話し方ができるようになったら、仕事に復帰したいと考えているようです。現在も苦手な“タ行”の発声練習に励んでおり、中途半端ではなく完全復活して、“舌がんと闘っている人たちへの励みになりたい”と堀さんは思っている。松本さんたちとのランチでは、“復帰したらみんなでコンサートをしたい”と話し、それを目指してリハビリを頑張ると決意したそうです」(前出・堀の知人) 気の置けない友人たちとの会話が、最良のリハビリだったに違いない。※女性セブン2019年7月25日号
2019.07.11 16:00
女性セブン
堀ちえみが82年組同窓会を希望、明菜への連絡係は小泉今日子
堀ちえみが82年組同窓会を希望、明菜への連絡係は小泉今日子
《たくさんの励ましの、お言葉を頂き、ありがとうございました。私にとって大きな励みとなり、勇気を持って手術室に向かう事が、出来ました》 2月26日、堀ちえみ(52才)がブログにそう感謝の言葉を綴った。22日に都内の病院で11時間にわたる舌がんの大手術を無事に終え、集中治療室から一般病棟に戻ったという。 ステージIVの舌がん。自覚症状から6か月たっての手術では、頸部リンパ節を除去してから舌の6割を切除し、太ももの組織を採って舌の再建手術を行った。今後は、完治を目指して放射線や抗がん剤による治療が行われる。《このまま治療せずに人生の幕を閉じてもいいのかな》とあきらめかけた堀を思いとどまらせたのは、高校1年生の末娘をはじめとした7人の子供たちだった。「“お母さんは病気ばかりの人生でかわいそう”と泣かれ、かわいそうな母親というイメージを残したまま死ぬことはできないと闘病を決意したそうです。闘病に打ち克つために“82年組の仲間と同窓会をしたい”と言い出したのは堀さん自身。そしてみんなはすぐに連絡を取り合った」(芸能関係者) 舌がんをブログで公表する前に、堀は早見優(52才)にはがんであることを打ち明けていた。「同期と会いたい」と言う堀の言葉を聞いて、早見はすぐに薬丸裕英(53才)に連絡を取った。 小泉今日子(53才)、中森明菜(53才)、松本伊代(53才)、石川秀美(52才)、本木雅弘(53才)、布川敏和(53才)、三田寛子(53才)、原田知世(51才)、そして、堀、早見、薬丸ら1982年にデビューした同期組の絆は強い。揃いも揃って大物アイドルとして人気を博し「花の82年組」と呼ばれた。「歌番組で毎日のように顔を合わせるうえに、控え室も一緒。まるで学校のクラスのようでした。交際は厳禁でしたが、段ボール箱の荷物にまじって入りこっそり抜け出したり、変装したり、仲間同士で口裏を合わせたり…外で遊べない時は、誰かの自宅で飲むことも多かった。いろいろ苦労も多かった分、結束力も強かったですね。早見さん、松本さん、石川さんらを中心に今もママ友会を開く仲ですよ」(ベテラン芸能記者) 82年組の現在の中心は石川と「同期婚」をした薬丸だ。薬丸は生放送の『バイキング』(2月21日放送、フジテレビ系)で、堪えきれなかったのか目を潤ませて「絶対復活してくれると信じている」と語った。「ちえみちゃんと妻の秀美ちゃんは同い年。子供の心配が絶えない中、彼女の気持ちを思うと同じ親として期するものはヤックンの中に当然あったでしょう。それに82年組同期の中でも、ヤックンとちえみちゃんは当時から2人でも遊びに行くほど仲がよかった。 当時、ヤックンはすでに秀美ちゃんとつきあっていて、交際を隠すためにわざとちえみちゃんと仲よくして、マスコミを煙に巻いていたともいわれていましたけどね。もちろん、嘘か本当かはさておき、ちえみちゃんのおかげで秀美ちゃんとの交際がバレずに結婚できたと聞いたこともあります。いろいろな意味で今でも恩に感じているんでしょうね。そんな同志の闘病にポーカーフェースではいられなかったんでしょう」(別のベテラン芸能記者) 薬丸は堀から「発表前に同期に知らせてほしい」ということと「同窓会をやりたい」ことを伝えられたという。「薬丸さんは責任感が強い。すぐに長らく疎遠になっていたというシブがき隊の元メンバーたちや小泉さんに連絡を取ったそう。みんな快諾したそうで、情報を共有しながら、堀さんの体調に合わせて同窓会を開くことになったそうです」(前出・芸能関係者) 連絡先がわからなかったのは明菜だけだったが、小泉が「たどれるかもしれない」と連絡係を請け負った。「一匹狼的な明菜さんが、いちばん信頼していたのは小泉さんだった。デビューの年、生卵事件があった。82年組が並ぶ武道館のステージに、興奮したファンが投げた生卵が小泉さんの顔面を直撃。その時、割れた卵で顔や衣装がぐちゃぐちゃになった小泉さんの元に明菜さんが誰よりも早く駆け寄り、手を引いて一緒に舞台裏に引っ込んだ。アイドルらしからぬ2人だったので、気も合ったんでしょう」(前出・ベテラン芸能記者) 明菜が1989年に自殺未遂騒動を起こして大手事務所を辞めた後も、小泉が2004年に離婚した時も、2人でお酒を飲むなど関係は続いていたという。堀がつないだ82年組の縁。そして今度は82年組の絆が堀の背中を押す。※女性セブン2019年3月14日号
2019.02.28 07:00
女性セブン
松本伊代、堀ちえみ、早見優
堀ちえみら「82年組」の絆 81年デビューの松本伊代も同期
 堀ちえみ(52)が自身のブログで、舌がんのステージIVであることを公表した。医師に宣告されるまでの経緯、子供に打ち明けるべきかのどうかの葛藤などを詳細に綴り、最後は「私は負けない!」と力強く誓った。 勇気ある告白に各方面から応援の声が相次いでいる。芸能記者が話す。「相当な覚悟のいる公表だったと思います。ちえみさんが素直な心境を綴ることで勇気づけられるがん患者の方もいるでしょうし、同じような症状に悩んでいる方は大きな病院できちんと検査したほうがいいと気付ける。誰だって、今は元気でも、いつ病気になるかわからない。ちえみさんの告白はいろんな“気付き”を与えてくれました」 芸能界からもコメントが相次いだ。同じ“82年組”と呼ばれる松本伊代や早見優、元シブがき隊の薬丸裕英、布川敏和、本木雅弘などがメディアやブログを通じて心境を届けた。 1982年といえば、他にも中森明菜や小泉今日子などのアイドルがデビューした豊作の年だった。『花の82年組アイドル』について、2月20日付の日刊スポーツではこんな説明がされている。〈アイドル全盛時代と呼ばれる80年代の中でも、特に82年にデビューをしたアイドルたちが隆盛を極めた。(中略)松本伊代(53)は81年末デビューだが、82年組とされている〉 たしかに、松本伊代は1981年10月に『センチメンタル・ジャーニー』でデビューしており、年で区切れば82年組ではない。前出・芸能記者が話す。「当時では常識的な話ですが、今の記者が疑問に思っても不思議ではありません。この頃の芸能界は『日本レコード大賞』などの賞レースに焦点を置いていた。それらにノミネートできる新人は“前年10月から当年9月までにデビューした歌手”でした。そのため、伊代さんは82年組と呼ばれます」 1982年、松本伊代は『日本レコード大賞』で新人賞(最優秀新人賞はシブがき隊)、もう1つの権威だった『日本歌謡大賞』で放送音楽新人賞を獲得している。 この年の新人賞争いは熾烈を極め、5名選出される『レコード大賞』の新人賞から中森明菜と小泉今日子が漏れたことはのちに語り草となっている。 堀ちえみは激しい賞レースを勝ち抜き、『レコード大賞』『横浜音楽祭』で新人賞、『FNS歌謡祭』『あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭』『KBC新人歌謡音楽祭』で優秀新人賞、『銀座音楽祭』で金賞、『新宿音楽祭』で銀賞、『ABC歌謡新人グランプリ』でアイドル賞とシルバー賞と、9つもの賞を受賞した。芸能界の荒波を潜り抜けてきた彼女は、“82年組の絆”を力に変えて、きっと病にも打ち勝ってくれるはずと信じたい。
2019.02.21 16:00
NEWSポストセブン
田原俊彦、誕生時にマスコミから守った娘・可南子への思い
田原俊彦、誕生時にマスコミから守った娘・可南子への思い
 慣れないバラエティ番組で大物の片鱗を見せるか。 7月31日の『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)は〈超大物芸能人の2世が大集合〉というテーマで、後藤久美子の娘・エレナアレジ後藤、倉沢淳美の娘・ケイナ、ヒロミと松本伊代の息子・小園凌央、生島ヒロシの息子・生島勇輝などが出演。これまでバラエティ番組にはあまり出てこなかった、1980年代のトップアイドル・田原俊彦の娘である田原可南子も登場する。 可南子は1994年2月14日生まれの24歳。3日後の2月17日、田原俊彦は長女誕生記者会見を開いた。この会見は、のちの田原の芸能人生を大きく左右するものとなる。 前年10月の入籍前後からマスコミは田原を執拗に追い続けたが、田原はノーコメントを貫いていた。しかし、報道陣が出産を控えた妻子のいる病院にも押し寄せるため、会見を開かなければ収拾がつかなくなっていたのである。 膨大な資料と丹念な取材で田原の芸能人生を解き明かしたことで話題の『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)の著者である岡野誠氏はこう話す。「当時は週刊誌だけでなく、各局のワイドショーや各スポーツ紙もトシちゃんを朝から晩まで追い回していた。私は今回の本を書くにあたって、当時のワイドショー映像も入手して見ましたが、テレビ画面には自宅からの出発や帰宅の時間まで表示され、レポーターから声を掛けられていた。当時、田原さんはジャニーズ事務所所属タレントでしたが、そんなことは関係なく、直撃される時代でした」 当時は結婚をしたら会見を開くのは当たり前。子どもが生まれれば、カメラの前で披露することも恒例行事だった。また、1980年代後半から1990年代前半は結婚披露宴を中継する芸能人も珍しくなく、視聴率も総じて高かった。 そんな時代に、入籍会見や娘の披露をしなかった田原はマスコミから反発を喰らった。長女誕生記者会見の中で、「僕くらいビッグになると」とリップサービスのつもりで発した言葉は、ジャニーズ事務所独立後には『ビッグ発言』と大袈裟に取り上げられ、バッシングが始まった。常に“ネタ”を欲しているワイドショーからすれば、数か月間ノーコメントで通した田原の行為が許せなかったのかもしれない。 逆風が吹き荒れていた同年夏、田原は結婚や子供の公表について、雑誌でこう語っている。〈その部分だけは“売り物”にしたくないと思ってた。だけどそれを強硬に通すには代償が大きかったんだよね。すべてが僕だけに集中するならいい。けどそれは奥さんや子供にまで飛び火して、追いかけまわされて、その状況はすごく酷だなと思ったんだ。 記者会見に臨んだ時すら、納得しきれていなかった。だったら黙し通せばいいと言われるかもしれない。でも、それと引き替えに、マスコミが家を取り囲んでないという“平穏”を手に入れた〉(『ViVi』1994年9月号) その田原が必死に守った娘も24歳に。2011年に『ミスマガジン2011』の準グランプリに選ばれ(同年のグランプリは現在、乃木坂46の衛藤美彩)、『綾乃美花』という芸名で芸能界デビュー。大学卒業を控えた2015年12月に本名の田原可南子で再出発を果たした。 田原は1994年当時、生後間もない娘について、こう話していた。〈僕は僕らしく、彼女は彼女なりに生きていくんだよね。彼女の将来に、たとえば僕が何かを止めたとしても、僕の子だから言うことなんかきかないよ。今思うのは、自由に生きなさいということと、幸せになってねという、そのことだけ。(中略)父、田原としては、一緒にいられるだけの時間分、かまって、愛して、それは母親の愛情にも負けたくないぐらいに。僕が父と母から受け継いだもの、それをもらったと思ってくれたら、それでいいんだ〉(『FRaU』1994年8月23日号) 父と同じ芸能界という道を選んだ田原可南子が、これからどんな活躍をするのか注目したい。
2018.07.31 16:00
NEWSポストセブン
世間の常識の二歩先を行く「小泉今日子」という生き方
世間の常識の二歩先を行く「小泉今日子」という生き方
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、小泉今日子という存在について改めて考察する。 * * *「小泉今日子 不倫公表!!」「豊原功補と『恋愛関係』」「すべてをこの身で受け止める」「豊原家族に謝罪」「新たなスタート」 小泉今日子が1日、個人会社『明後日』(あさって)のHPでデビュー以来所属していた事務所からの独立と、かねてからウワサがあった豊原との交際も明らかにした。 それを受けて、一面で報じた日刊スポーツの見出しや小見出しが前述の5本。担当デスクによる「不倫バッシングの中、“キョン2”流正義感」なるコラムも付いていた。 ワイドショーは、朝帯や午前中の番組は取り上げていた。が、それらは、MCやコメンテーターがそれぞれの見解を延々と述べてきた過去の不倫騒動とは大きく異なり、サラリとしたものだった。 代表的意見は「小泉さんも豊原さんも大人。大人の二人が決めたことなのだから、他人が何か言うことではない」で、小泉今日子の潔さや正直さが評価される内容だった。 私がチェックした限り、昼帯や午後帯のワイドショーでこの件を取り上げた番組はなかったのではないか。2日は、数日前からトップで票読みをしてきた相撲協会の理事選当日であり、特に午後帯の番組はオンエア中に投票結果がわかるということで“理事選シフト”で動いていたからだ。 だが、いろいろ聞いてみると、取り上げなかった昼帯や午後帯のワイドショーの中には、「円満退社」とは言われながらも、小泉の前所属事務所に忖度した番組もあったようだ。 円満退社は事実であり、同社のトップアーティストとして長年活躍し、近年も『あまちゃん』(NHK)や『続・最後から2番目の恋』(フジテレビ系)での演技がドラマ関連の賞で評価されたり、主演舞台『草枕』は紀伊国屋演劇賞や読売演劇大賞に輝いたりしている。そして『黄色いマンション 黒い猫』での講談社エッセイ賞獲得は昨年のことである。 50代になってもなお、第一線で活躍する所属タレントと事務所がうまくいっていないハズはなく、繰り返しになるが、関係はいいのだという。 ただ、1月いっぱいでCM契約がなくなったため、事務所に迷惑をかけないタイミングで小泉今日子が決断したのだと聞く。もちろん、そこには、自分の仕事も全部なくなってもいいという覚悟がある。 小泉や豊原がマスコミ宛てに出したコメントを読み解くと、唯一、報道統制への不満があったことが伝わってくる。「すべてをこの身で受け止める」は、「いままで守ってくれてありがとうございます。でももう私は自分の身は自分で守ります」という旅立ち宣言と私は読んだ。 さて、これまでにもさまざまな媒体で書いてきたが、私が新卒でラジオ局のリポーターの仕事を始めたのが1980年。その2年後に『私の16才』でデビューしたのが小泉今日子で、彼女は、前年秋にデビューした松本伊代を含め、堀ちえみ、石川秀美、早見優、中森明菜、新井薫子らと共に、「花の82年組」と呼ばれたものだ。 なぜ、レコード会社、芸能プロダクション各社がイチオシの女性アイドルを一斉にデビューさせたかというと、それは80年にデビューした松田聖子に対抗できる女性アイドルを誕生させるためだった。 髪型は横並びの聖子ちゃんカットで、衣装はフリフリ、アイドルスマイルを浮かべ、当時、各テレビ局、ラジオ局に存在した音楽賞の新人賞を順番に獲っていった彼女たち。 三田寛子、松居直美らを含め、多くの同期がいまも芸能界で活躍しているのは、ライバルでもあり、仲良しでもあった彼女たちが、それぞれ、誰かとかぶらない個性や才能を意識的に伸ばしていったからではないか。「お人形さん」と呼ばれることもあった当時の女性アイドルだが、82年組は芸能界全盛期で仕事もふんだんにあったからか、それぞれ「自分」をもっている女の子たちのように私には見えていた。 あまり比べたくはないのだが、その最たるものが小泉今日子だったのは確か。なんせ、デビュー曲の『私の16才』を、「こんな演歌みたいな歌、イヤだ」と“主張”していたのだから。 確かに小泉今日子は、なぜかデビュー曲も2曲目もカバー曲で、オリジナル曲でヒットを飛ばす同期を羨ましく思っていたのかもしれない。 とは言え、いまでも時折“お宝映像”としてオンエアされる『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)に初登場したときの小泉は、CM中、緊張の面持ちでスタンバイしているのに、フロアディレクターがカウントし始めると3秒前から完璧なアイドルスマイルを浮かべた、ある意味、プロ中のプロ。 昔話ばかりで恐縮だが、ラジオ局の文化放送が開催していた『新宿音楽祭』のステージでは、心無いファンから生卵をぶつけられるハプニングもあった。小泉今日子を狙ったものだったかは不明だが、そのとき「あんなにかわいい衣装が汚れてかわいそう。私に当たれば良かったのに」と言っていた中森明菜といちばん仲良しだった小泉今日子。タイプは異なるが、アイドル史の中で「枠にとらわれない」代表格がこの二人だったように思う。 とにかく小泉今日子はアイドル時代から“自立”していた。一人暮らしも早かったし、クルマの運転もしていた。戦略的というのではないけれど、彼女が発したなんてことはない言葉がトレンドになっていったものだ。たとえば「深夜のおにぎり買い出し作戦」。コンビニエンスストアが24時間営業になり、コンビニのおにぎりがポピュラーになったことに気づき始めた人たちが居たものの、女性アイドルが「深夜」に「コンビニおにぎり」を「買い出し」に行く「作戦」の後に、自室で何が行われるのかと、ファンよりも業界人が想像を膨らませた。もしかして、女子会の元祖は小泉今日子が作ったかもしれないと思うほどである。 実際、芳本美代子や観月ありさ、荻野目洋子など、後輩アイドルの中でも、ただカワイイだけではないタイプを小泉は好み、彼女らは「小泉組」と呼ばれていた。 すごく憶えているのは、小泉が観月に「ファッションショーのお仕事は、やったほうがいいんじゃない?」というアドバイスをしていたこと。いまでこそ、モデルはもちろん、女優としてのポジションを確立してもランウェイの出演歴をプロフィールに載せる女性芸能人は後を絶たないが、当時は、アイドルや女優、歌手よりモデルが格下だった時代。それでも、ファッショナブルであることがカッコイイと小泉は信じ、後輩にもそれを伝えていたというワケだ。 そして先日、『1周回って知らない話』(日本テレビ系)で荻野目洋子から聞いたのは、小泉の運転するクルマの助手席に乗って、深夜、ドライブに出かけたという話。荻野目ちゃんから見た小泉は、本当にカッコイイお姉さんだったことだろう。 大人になってからのエピソードとしては、飯島直子やYOUが、小泉にビルを建ててもらって「みんなで一緒に住みたい」と言っていたことだ。姐御肌の小泉を慕っている女性のタイプを見ると、小泉の影響を大きく受けている者ばかりであることもわかる。 小泉今日子の個人会社『明後日』は、もちろん、彼女の名前に入る「今日」に絡めたものだろう。「明日」ではなく、さらに一日先の「明後日」で、読みも「あさって」としたところが、いかにも小泉らしいではないか。 人でも物でも、多くの人気を得るためには、ちょっと手を伸ばしたところに居たり、半歩先を行ったりすることだと言われてきたが、小泉今日子は、凡人が手を伸ばしても届かない、一歩ではなく二歩先を行く人なのだ。今回の一件で改めてそれがよくわかった。彼女はこの先、何を発進するのか? 目が離せない。
2018.02.04 07:00
NEWSポストセブン
小泉今日子、石川秀美など 82年組アイドルファイル【その1】
小泉今日子、石川秀美など 82年組アイドルファイル【その1】
 現在のスターたちの原点を知るうえで、大量のアイドルがデビューした“花の82年組アイドル”の歴史は欠かせない。小泉今日子、三田寛子、伊藤かずえなど、懐かしのアイドルファイルを紹介しよう。【凡例】(1)生年月日(2)出身地(3)芸能界入りのきっかけ(4)レコードデビュー日/年齢(5)デビュー曲(6)キャッチフレーズ(デビューシングルの広告コピーなどから判断)(7)略歴など。【白石まるみ】(1)1962年11月27日(2)東京都(3)1978年のドラマ『ムー一族』(TBS系)の郷ひろみ恋人役のオーディション(4)1月21日/19歳(5)『オリオン座のむこう』(6)──(7)「歌手デビューは高校を卒業してからにしてください」と事務所に懇願。3年間歌のレッスンを続け、松任谷正隆・由実夫妻という黄金コンビによる楽曲で、満を持してデビューした。【川田あつ子】(1)1965年8月10日(2)東京都(3)『週刊ヤングジャンプ』のギャルズ・コンテスト1位(4)4月21日/16歳(5)『秘密のオルゴール』(6)君に感じて……(7)趣味はコケシのコレクション。『8時だョ! 全員集合』(TBS系)では歌詞を忘れて3回サビを歌った経験も。1993年、本名で高山厳に詞を提供。1999年、柳ユーレイと結婚。キューピッドは比企理恵だった。【小泉今日子】(1)1966年2月4日(2)神奈川県(3)『スター誕生!』(日本テレビ系)(4)3月21日/16歳(5)『私の16才』(6)微笑少女(びしょうじょ)(7)1982年10月の新宿音楽祭で、観客席から飛んできた生卵が当たる。壇上の出演者が唖然とする中、明菜が観客席側に身を挺して小泉を守った。2012年、休業中の明菜に小泉がラジオで「歌姫の歌、聴きたいなぁ」とエールを送った。【堀ちえみ】(1)1967年2月15日(2)大阪府(3)第6回ホリプロタレントスカウトキャラバン(4)3月21日/15歳(5)『潮風の少女』(6)今日から、僕の隣には、いつもキミがいる。(7)10代の頃からきちんと領収書をもらっていたしっかり者。コンサート『ちえみちゃん祭り』では神輿に乗りながら熱唱した。3度の結婚を経て現在は7人の子供を持つママタレントとして活躍。【新井薫子】(1)1965年6月4日(2)愛知県(3)『プチセブン』モデル(4)3月21日/17歳(5)『虹いろの瞳』(6)瞳・少・女(7)約3年で活動休止すると、絵本作家の五味太郎に突然電話し、弟子入り。1986年に日本画で白土会入選。イラストなどを手掛けるマルチアーティストとして、1996年には原宿ラフォーレ前に設置されたパンツ丸見えの巨大なゴム人形をデザイン。【三田寛子】(1)1966年1月27日(2)京都府(3)『セブンティーン』のモデル(4)3月21日/16歳(5)『駈けてきた処女(おとめ)』(6)映像少女(7)デビューの時から毎月1万円の積立貯金をしていた堅実家。あのねのねの原田伸郎は三田のファンクラブに入るほどの大ファン(会員番号010713)だった。1985年、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)のレギュラーになり、天然ボケ連発で人気上昇。【石川秀美】(1)1966年7月13日(2)愛知県(3)第2回ヒデキ(西城秀樹)の弟・妹オーディション(4)4月21日/15歳(5)『妖精時代』(6)さわやか天使(7)デビュー月に出演CF『ハウスサラダチップス』が開始、松本伊代と柏原よしえが出演するバラエティ番組『ピンキーパンチ大逆転』のレギュラーに。1985年には、祝日化される前の『海の日』初のイメージガールになり、主題歌も担当。【伊藤かずえ】(1)1966年12月7日(2)神奈川県(3)小学校2年の時に東映児童劇団入り(4)4月21日/15歳(5)『哀愁プロフィール』(6)15歳、夢育ち。(7)山口百恵と同じ横浜市立瀬谷小学校出身。特技は日舞、津軽三味線、乗馬。真田広之主演で1981年12月公開の映画『燃える勇者』ではヒロイン役を演じた。1984年、大映ドラマ『不良少女とよばれて』(TBS系)でブレイク。※週刊ポスト2018年1月26日号
2018.01.17 16:00
週刊ポスト

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