「あるとき、牡丹雪が降りしきる中、黒い人影がふっと近寄ってきた。髪の毛はぼうぼうで、人相が悪く、軍隊のオーバーを着ているんです。よく見ると、それがはぐれた兄貴だったんです」
〈長兄はソ連軍に捕まった後、石炭運びやロバの代わりに自分が石臼をひいてもらったなけなしの金をはたいて、密航船を雇い、九州の見知らぬ浜辺まで漂着した。そして自分を見捨てた家族を恨みながら、日本海沿いの寂しい道をとぼとぼ歩いて村上まで来たという。「砂の器」と「レ・ミゼラブル」を足したような壮絶な話である。
宝田は最後に言った。〉
「日本には戦争放棄という世界に冠たる大法典があります。アメリカに対しては経済も協力しましょう、国債もうんと買ってあげましょうでいいんです。だけど、戦争に関しては絶対拒否すべきです。だから僕は安倍さん、もう白旗をあげなさいと言っているんです。その方が、歴代の総理の誰よりも立派な人だった、と後世の人から絶対尊敬されます」
〈物言えば唇寒しの状況が進行する世の中で、これだけのことが言えるのは立派である。 まさかミュージカルスターから憲法の話が出てくるとは思わなかった。この男、やはりただの二枚目俳優ではなかった。戦争の悲惨さとインタビューの醍醐味をたっぷり感じさせてくれた1時間半だった。〉
※SAPIO2015年11月号