◆東京湾に身元不明遺体
すでに4、5年ほど音信不通となり、土地売買を巡る関係者が眼の色を変えて探し続けているA氏に、本誌は接触した。
まず、失踪理由を尋ねた時の答えが、冒頭のような“怯え”だった。それにしても、100億円の資産を失った上、44億円の債務を背負うとは、一体何があったのか。
「Bと出会ってから土地を担保に、いろんな事業に手を出して、いずれも失敗。お寺を建て直そうとして持ち込まれた再建計画に乗っては、不動産ブローカーなどに食われてしまいました。地上権や底地権を売却したカネが、なぜか消失していたこともある。
最後は、『あいつ(住職)さえいなければ(もっとカネにできる)』と、言っている連中がいると聞き、身の危険を感じて4万円だけ握り締めて家を出たんです。破産管財人の呼び出しにも怖くて応じられないし、そもそもカネがない。いま着ている服は上下ユニクロです」
普通に考えれば、華美な生活や散財で使い切れる金額ではないし、エステやバー経営といったサイドビジネスで失うには大き過ぎる。
売買に関与した面々を聞くと、お寺のことしか知らない住職の手に負える相手ではないことがわかった。病院乗っ取りで名を馳せた仕事師、非弁活動(*注)で有罪判決を受けた不動産業者、金融機関とのトラブルの果てに会社をつぶした上場企業経営者……。
【*注:弁護士資格のない者が、報酬を得て破産の申し立て手続き、債権の取り立てなどの法律事務を行なうこと。弁護士法72条で禁止されている】
住職は何度も怖い思いをしたという。
「呼ばれていくと、両手を合わせても指が3本しかないコワモテの人が隣に座ったり、信頼していた業者さんの背中を凝視したら白いワイシャツから刺青が透けて見えたり。早く抜け出したかったけど、複雑に権利が絡んでしまっていて、カネがなくなるまで逃げられなかった」
そうなる前に、まともな業者と組めば良かったのだろうが、狂い始めた歯車を元に戻すのは難しい。あえて最初の躓きを探すなら、銀座で出会ったBさんとの同棲だったと言う。
「彼女と出会って、ハワイに家を買ったあたりからおかしくなったのかな。彼女の親族を含め、付き合う人間が変わり、カネ儲けの話もたくさん舞い込んできた。楽しい思いもしたけどね」
一方のBさんは、「住職が入れあげた」という発言に真っ向から反論し、思い出を振り払うかのように憤る。
「彼のカネで家を買ったなんてとんでもない。私の資金と借り入れで建設しました。車(2000万円のベントレー)だって私の会社のローンです。彼は私と会う前から数十億円の借金を作っていたし、取り巻きが悪過ぎた。最後は、“タバコを買いに行く”といって出て行ったきり。心配で捜索願いを出すと、東京湾に身元不明遺体が上がったと連絡があり、確認に行ったこともあります。いい思い出などない。彼のことはもう忘れたい」
A氏は親に勘当され、Bさんと出会ったことで妻子と別れていた。身の丈以上の資産を持ったがゆえの不幸だろうか。
●取材・文/伊藤博敏(ジャーナリスト)
※週刊ポスト2016年2月19日号