──たばこは「気分が落ち着く」「仕事の能率が上がる」など、プラスの効用を感じている人も多い。
廣中:まず、いつもたばこを吸う人は、ニコチンの効果が切れると不快になりますが、一服すると元に戻るので、それをプラスの効用と感じている可能性があります。実際、たばこに含まれるニコチンの薬理作用を動物実験で調べると、たしかに「注意力が高まる」「不安が鎮まる」、「仲間との遊びが盛んになる」という効果があります。
また、喫煙者の中には、普段はたばこを吸わないのに、お酒を飲んだときだけ無性に吸いたくなるとか、一週間にたかだか数本しか吸わないとか、従来の依存の概念に当てはまらない人々がいます。喫煙は覚せい剤のような強い欲求を起こさず、ある程度自己コントロールのできる行動だと思います。
飛行機の長時間フライトアテンダントを対象にした研究によると、「今はダメ」と分かっていたら何時間でも我慢でき、それほど苦しくもならないことが分かっています。
とはいえ、喫煙頻度の個人差も大きく、吸い過ぎれば健康を害する恐れがあります。また、いまは受動喫煙の問題も出てきたので、たばこは自分の健康に悪いから止めようというものではなく、社会のために「止めなくてはならない」物質になった側面もあります。
──法で認められて販売されている商品なのに、マナーを守って“スマートな依存”に止めている人たちにまで規制を強めるのには違和感を覚えるが。
廣中:「人間は健康で長生きしなければならない」という世界的な流れになっていますから、予防医学や公衆衛生上、喫煙に強い規制がかかるのは仕方のないことでしょう。しかし、いつまでも100%健康な人はいませんし、少しぐらいダーティーな部分があってもいいのではないかと私は思っています。
嗜好品を楽しんでいるのか、問題のある「嗜癖」なのかを区別する鍵は、楽しいか楽しくないか。嗜好品とは、日常生活がそれなりに充実していて、暮らしを楽しんでいる人が、そのうえにプラスアルファの付加価値をつけるためのものです。一方、「嗜癖」はネガティブなマイナスの気持ちを解消するための行為で、どこまでのめり込んでもゼロベースに戻るだけ。
この「心の持ち方」ということを理解せずに、少しでも健康に悪いことは規制というだけでは、ますます窮屈な社会になり、「健康」の範囲がどんどん狭くなっていくのではないかと心配です。
依存のきっかけは私たちの日常生活のあらゆるところにあります。心の持ち方によっては誰しもが「依存症」に近づく恐れがあります。そんな困った状態にならないようにするためにも、自分の生き方をポジティブに捉えられる余裕を持ちたいところです。