「1脚9万円の椅子」と聞けば、超高級素材を使用した海外製か、マッサージチェアを連想するだろう。いずれにしても簡単に手が出る品じゃない。買ったとしても土足で座面に立って跳びはねるなんてあり得ない。雨ざらしなんてもってのほかだ。
そんな“高級椅子”を新国立競技場に導入しようという動きがある。トップアスリートの活躍を座り心地の良い座席で観戦したいとは思うけれど、いくら何でもそこまで“高級な椅子”に座りたいとは誰も思うまい。そもそも新国立競技場って、大幅にコストダウンが求められていたはずでは……。
自民党の五輪・パラリンピック東京大会実施本部(橋本聖子・本部長)が導入を政府に要請した。
競技場をデザインした建築家・隈研吾氏が「杜のスタジアム」をコンセプトとしていることを踏まえ、〈観客が直接触れる箇所に木材を使用することで、「日本らしさ」をより強く感じさせるものになる〉(要望書)と唱えた。変更すれば予算は最大60億円(1脚あたり約9万円)、維持だけで年間2億円かかることになるかもしれない。プラスチック製の椅子であれば20億円で済むほか耐久年数も大幅に向上し、再塗装の頻度も下がる。
木材のメンテナンスの難しさは、他ならぬ隈氏の作品が物語っている。2013年12月にオープンした台湾スイーツ店「サニーヒルズ」(東京・南青山)は、無数のヒノキの角材を組み上げる「地獄組み」という工法を用いた意匠で建物の四方を覆っている。
「木の表面が陽光などの影響で白っぽくなってきたため、開店から2年半が経った今年5月に再塗装を施しました」(広報担当)
美しさや奇抜さの代償は維持コストなのだ。競技場の再コンペで隈氏と競った建築家・伊東豊雄氏も苦言を呈する。
「木製椅子は計画見直しの目的と矛盾しているとしかいいようがありません。私も観客席の背もたれの一部に木を使うことを考えたが、コストを下げるために取りやめた。プラスチック製でいかに美しくするかを考えるべきでしょう」