スポーツ

アリ対A.猪木 バンテージに石膏や裏ルールなど噂の真相

猪木vsアリの一戦(撮影■木村盛綱)

 ボクシング界最大のスーパースターの死に、日本人が思い出すのはやはりあの一戦だろう。1976年6月26日、モハメッド・アリ対アントニオ猪木。現役の世界ヘビー級王者と日本人最強のレスラーの異種格闘技戦対決に、日本中が固唾を呑んで見守った。結果は引き分けに終わり「世紀の茶番」と批判されたこの試合には、裏ルールなどの噂が絶えない。ノンフィクションライターの柳澤健氏が辿りついた、当事者たちが隠し続けた40年目の真実を明かす。

 * * *
 当然ルール作成は困難を極めたが、なんとか妥協点を見出すことができた。

「アリがバンデージに石膏あるいはシリコンを入れて固めていたから、一発当たれば猪木は死んでいた」

「猪木は圧倒的に不利なルールを呑まされた。投げ技も関節技もタックルも禁止された上に、公表されない裏のルールまであった」

 このような信憑性に欠ける噂が40年後の今でも信じられているが、亡くなったスーパースターの名誉のためにも書いておこう。

 試合は退屈だったかもしれないが、極めてフェアなものだった。石膏も、シリコンも、がんじがらめのルールも、裏ルールもなかった。

 禁止事項は頭突き、ヒジ打ち、膝蹴り。頸椎や喉への打撃は禁止。蹴りも禁止、ただし膝をついたり、しゃがんでいる状態の時の足払いは許される。ごくノーマルなものだ。

 ふたりの試合が退屈なものになった理由はルールによるものではない。猪木はアリのパンチをかいくぐって組みつき、テイクダウンすることができなかった。実際に猪木は何度かタックルを試みたがいずれも失敗している。猪木にはタックルの技術がないのだ。

 一方、アリはグラウンド状態で猪木の上になり、殴ってKOする自信がなかった。だからこそいくら蹴られてもスタンド状態を保持したのだ。

 アリのトレーナーであり、セコンドについたアンジェロ・ダンディは、私の取材に次のように答えてくれた。

「試合に関しては、私の知る限りでは事前の筋書きなどは一切ない。ルールミーティングでは、猪木側が最初は難題を吹っかけてきたものの、結局は我々の要求を考慮してくれて、こちらとしても非常に納得いくルールとなった。

『グローブに何か仕込んでいたのではないか?』と疑われたことは一度もない。戦うからには、もちろん勝利を前提に試合の準備に励んだ。基本戦略は、距離をとって猪木の組み技を防ぎつつ、機を見てパンチをヒットさせることだった。

 しかし、試合が始まってみると、こちらが想定していなかった事態が起こった。それは周知のように、猪木が自らキャンバスに座り込んだことだった。猪木の戦法に憤りを感じたことはない。むしろ敬服した。

 あの戦法は彼がアリに対していかに敬意を表していたかを象徴していた。彼がアリを軽く見ていたらあのようなポジションはとらなかったはずだ。面食らったアリは平静心を少々失ってしまった。私としては、何とか活路を見出そうとラウンドごとにあらゆるアドバイスを与えたものの、功を奏さなかった。

 試合結果は引き分けだったが、レフェリー、ジャッジに関しては何の不満もなく、むしろ敬意を表するばかりだ」

関連キーワード

トピックス

今季から選手活動を休止することを発表したカーリング女子の本橋麻里(Xより)
《日本が変わってきてますね》ロコ・ソラーレ本橋麻里氏がSNSで参院選投票を促す理由 講演する機会が増えて…支持政党を「推し」と呼ぶ若者にも見解
NEWSポストセブン
白石隆浩死刑囚
《女性を家に連れ込むのが得意》座間9人殺害・白石死刑囚が明かしていた「金を奪って強引な性行為をしてから殺害」のスリル…あまりにも身勝手な主張【死刑執行】
NEWSポストセブン
失言後に記者会見を開いた自民党の鶴保庸介氏(時事通信フォト)
「運のいいことに…」「卒業証書チラ見せ」…失言や騒動で謝罪した政治家たちの実例に学ぶ“やっちゃいけない謝り方”
NEWSポストセブン
球種構成に明らかな変化が(時事通信フォト)
大谷翔平の前半戦の投球「直球が6割超」で見えた“最強の進化”、しかしメジャーでは“フォーシームが決め球”の選手はおらず、組み立てを試行錯誤している段階か
週刊ポスト
参議院選挙に向けてある動きが起こっている(時事通信フォト)
《“参政党ブーム”で割れる歌舞伎町》「俺は彼らに賭けますよ」(ホスト)vs.「トー横の希望と参政党は真逆の存在」(トー横キッズ)取材で見えた若者のリアルな政治意識とは
NEWSポストセブン
ベビーシッターに加えてチャイルドマインダーの資格も取得(横澤夏子公式インスタグラムより)
芸人・横澤夏子の「婚活」で学んだ“ママの人間関係構築術”「スーパー&パークを話のタネに」「LINE IDは減るもんじゃない」
NEWSポストセブン
LINEヤフー現役社員の木村絵里子さん
LINEヤフー現役社員がグラビア挑戦で美しいカラダを披露「上司や同僚も応援してくれています」
NEWSポストセブン
モンゴル滞在を終えて帰国された雅子さま(撮影/JMPA)
雅子さま、戦後80年の“かつてないほどの公務の連続”で体調は極限に近い状態か 夏の3度の静養に愛子さまが同行、スケジュールは美智子さまへの配慮も 
女性セブン
場所前には苦悩も明かしていた新横綱・大の里
新横綱・大の里、場所前に明かしていた苦悩と覚悟 苦手の名古屋場所は「唯一無二の横綱」への起点場所となるか
週刊ポスト
医療的ケア児の娘を殺害した母親の公判が行われた(左はイメージ/Getty、右は福岡地裁)
24時間介護が必要な「医療的ケア児の娘」を殺害…無理心中を計った母親の“心の線”を切った「夫の何気ない言葉」【判決・執行猶予付き懲役3年】
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
渡邊渚さんが綴る自身の「健康状態」の変化 PTSD発症から2年が経ち「生きることを選択できるようになってきた」
NEWSポストセブン
昨年12月23日、福島県喜多方市の山間部にある民家にクマが出現した(写真はイメージです)
《またもクレーム殺到》「クマを殺すな」「クマがいる土地に人間が住んでるんだ!」ヒグマ駆除後に北海道の役場に電話相次ぐ…猟友会は「ヒグマの肉食化が進んでいる」と警鐘
NEWSポストセブン