会社勤めをしていると、一度や二度は受けなくてはいけないのが社員研修。会社によっては、かなりハードな研修を社員に受けさせるケースもあるが、研修がハードすぎて怪我をした場合、会社を訴えてもよいのだろうか? 弁護士の竹下正己氏が回答する。
【相談】
各社合同の社員研修に参加。しかし、その研修内容は会社に適応する技術や精神を学ぶというより、軍事訓練のような過酷さでした。実際に15キロも走らされた時は足首を痛め、今も通院しています。このような研修に参加させた会社やカリキュラムを組んだ会社を労働基準局に訴えることはできますか。
【回答】
研修は通常、社員の技能向上や能力アップが狙いですから、就業規則になくても、会社は業務命令として研修を命じることができます。これを拒否すると業務命令違反として懲戒されることもあります。
しかし、研修といえども、身体生命に危険を生じさせるようなことを命じることはできません。また、社員個人の思想信条や人格を否定するようなことを強要する研修の受講を命じることは、業務命令権の濫用になります。
研修中にケガを負った時は、会社の業務命令に基づいた行動の結果ですから労災の対象になります。ですが、労災保険では慰謝料は出ず、損害の完全補償にはなりません。会社は事故がかなりの確度で予見できるのに、対策を講じないで研修を命じ、事故が起きた場合は、自社社員に対する安全配慮義務の違反として労災ではカバーできない損害の賠償責任を負うことになります。
ご質問では研修業者の研修に参加させたようです。その場合でも、会社命令による研修中の事故ですから労災の対象になります。ただし、安全配慮義務違反は直接指導している業者を基準に考えることになります。ただ、会社は業者選択に責任があり、事故歴があったり、危険な研修をする業者に委託したのであれば、会社も過失があったということになると思います。
会社の責任の追及としては、労災以上の損害の賠償を請求し、会社と労働契約を巡る個別労働紛争事件として、県の労働局長にあっせんを求めるのがよいでしょう。
今後も納得できない研修命令を受けた時は、拒否すると業務命令違反で懲戒される恐れがあるので、研修命令には従いつつ、研修命令に同意できないことを文書で通知して会社と交渉し、受け入れられない時は、前述の労働局長のあっせんを求めることが考えられます。
【弁護士プロフィール】
◆竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2016年7月1日号