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ベルギー 精神病患者が安楽死を選べる国

 クンには友人と呼べる仲間もいなかった。私が取材した他の安楽死のケースと比べても、彼を支えるネットワークが欠落していたように思う。

「死にたい」、「はいどうぞ」という単純な流れがクンを死に至らしめたような印象を拭えない。何より、純情な心を持った少女が、何の関与もできないまま、大切な義父を失ったのだ。

 安楽死当日、セリーナは叔母の家で、無気力と虚脱感に襲われていた。午後5時過ぎ、彼女の携帯電話が光った。

 Enjoy Your Life, Selina.

 それは、クンが死ぬ寸前にセリーナに送った最後の言葉だった。私の横で俯いているセリーナの目から、どっと大粒の涙がこぼれ落ちる。

「今でも、時々、自分が嫌になることがあるの。だって、クンが死ぬ場所にいなかったんだから。あの頃は、怖くて、あまりにも気が弱かった。自分が、負け犬のような気がしてならないの」

 ミアも、娘を見つめて、目をまっ赤にした。娘のこの思いを初めて知ったミアは、まさかこのような罪悪感を娘が持っていたことを知らなかったと、後に、私に話した。

 17歳の少女は続けた。

「成長した今だから分かるんだけど、私にだって、できることが何かあったんじゃないかって……」

 私は、最後にセリーナに訊きたいことがあった。なぜ、今回クンについて、初めて口を開こうと決めたの?

「当時はまだ幼くて、なぜ死んでしまったのか分からなくて、心の整理が付いていなかったの。あれから年月が経って、クンがどんな理由で死んだのか、やっと、少しずつ分かってきたので」

 これからどう乗り越えようと思う?

「ただ、時間が解決してくれるのを待つしかないと思う」

 彼女は、別れ際、「有意義な会話ができた。また来てください」と、笑顔で言った。本心かは分からない。セリーナは、将来、医師になろうと、現在、大学進学前の勉強に励んでいる。

●みやした・よういち/1976年、長野県生まれ。米ウエスト・バージニア州立大学外国語学部を卒業。スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論とジャーナリズム修士号を取得。主な著書に『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。

※SAPIO2016年8月号

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