自殺一覧

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青汁王子こと三崎優太氏
【速報】青汁王子こと三崎優太氏、深夜に救急搬送 ファンが心配するツイート直後に
 5月20日未明、青汁王子こと実業家の三崎優太氏が、東京都内の自宅マンションから救急搬送されたことがわかった。騒ぎを目撃した人は「救急車や消防車、パトカーが何台も来て、ものものしい雰囲気に包まれていた」と証言する。 救急搬送される直前の 5月19日午後11時50分ごろ、三崎氏はこんなツイートを連投しており、ファンから心配の声が上がっていた。〈また今日も事実無根の情報を拡散された。警察が動いているのに何の意味もない。今度は僕が暴力事件で同級生の頭をカチ割って何十針も縫わせたらしい。これが誹謗抽象、名誉毀損じゃなければなんなのか? 神に誓って暴行事件も暴力事件も起こしていません。男女含めて人を暴力で傷つけたことはない。〉(原文ママ、以下同)〈YouTubeは殺人プラットフォームですか? 事実無根のことを毎日投稿され、150本近くの誹謗中傷を容認しています。警察が動いているのに広告をつけ、誹謗中傷による収益を与えています。150本以上の誹謗中傷をされたら、一般の人は自殺してもおかしくないです。本当にどうかと思います。〉 これを受け、ファンからは〈精神的に参ってないか本当に心配です〉といったリプライがついていた。 三崎氏は1989年生まれ。高校時代からアフィリエイトサイトで成功したことで知られているほか、高校卒業後18歳で起業し、20代ではじめた青汁の通販事業が大ヒット。「青汁王子」としてメディアで話題となった。その後、2019年に法人税法違反(脱税)容疑で逮捕され懲役2年・執行猶予4年の有罪判決が下された。三崎氏は事件について反省と謝罪の意を示し、その後も事業は継続。若者の支援活動を展開するほか、YouTubeでの語り口が話題となり、80万人以上のチャンネル登録者を持つ人気YouTuberとしても活躍している。 救急搬送について、関係者を通じて三崎サイドに問い合わせたが、「いまは回答できない」とのことだった。【相談窓口】「日本いのちの電話」 ナビダイヤル0570-783-556(午前10時~午後10時) フリーダイヤル0120-783-556(毎日午後4時~午後9時、毎月10日午前8時~翌日午前8時)
2022.05.20 15:20
NEWSポストセブン
作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)
【逆説の日本史】君臣の立場を超えた「主君と郎党」の関係にあった明治天皇と乃木希典
 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立III」、「国際連盟への道 その5」をお届けする(第1338回)。 * * * 明治天皇は朱子学的名君だったと言うと、それでは中国皇帝と同じではないかとの誤解を招くかもしれない。もちろん同じでは無い。日本の天皇は日本古来の神道と朱子学の融合の上に立つ存在である。だから、朱子学だけしかない中国ではきわめて困難であった四民平等(士農工商の廃止)も、日本は明治維新とともに容易に実行することができたのである。 中国皇帝と日本天皇はまったく別のものなのだが、天皇に朱子学的要素は当然ながらある。そして明治天皇を名君にしたのは朱子学の最良の部分であり、それは元田永孚の進講や山岡鉄太郎ら侍従の献身によって天皇の骨となり肉となった。具体的に言えば、それは君主としての徳を積み、その徳義によって国家国民を導くということである。だから、文芸評論家の福田和也は著書で次のように述べている。〈乃木を愛されたのも、乃木が自らの徳義によって、帝国陸軍を支えるという決意をし、それを貫こうとしていたからにほかならない。明治天皇は、快活、剛毅なお人柄であったけれども、乃木が有徳な人物となるために、どれほど凄惨な努力を重ねてきたかを理解されていた。有能な人材よりも、有徳な人物の方が得難く、貴重だと考えた。〉(『乃木希典』文藝春秋刊) そのとおりだろう。明治天皇と乃木は、大日本帝国憲法の規定する君臣の立場を超えた「主君と郎党」であり、君主は徳義の人でなければいけないという共通の思いを持つ「同志」だ。だからこそ、皇孫(裕仁親王。のちの昭和天皇)の教育を任せられるのは乃木しかいない。大変残念なことに、ドナルド・キーンは乃木が学習院の院長に任命されたことを一種の左遷ととらえているようだが、実態は左遷どころか抜擢である。乃木しかいないのだ。 ひょっとしたら、なぜ教育の対象が当時の皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)では無く、その嫡子である皇孫になったか不思議に思う向きもあるかもしれないが、それは簡単で嘉仁親王は病弱で明治天皇が山岡鉄太郎に受けた「教育」などは到底不可能だったからである。大正時代がたった十五年しかなかったのもそれが理由だ。 乃木は郎党としての失態、つまり田原坂における軍旗の紛失の責任を取っていずれは自決しようと考えていた。だが、明治天皇に皇孫の養育を頼まれた以上死ぬわけにはいかない。そこには当然、自分のほうが先に死ぬだろうからその時点までご奉公すればいいという考えもあっただろう。 ところが、自分より三歳年下の天皇のほうが先に亡くなってしまった。こうなれば、すぐに殉死するほかは無い。では、明治天皇から託された皇孫殿下の教育はどうすればいいだろうか。最後にこれだけは伝えておきたいということが乃木にはあった。乃木は殉死を決行する二日前、御所に参内した。正確に言えば、御所の一角に設けられた先帝の殯宮(遺体の安置所)には毎日しかも朝夕二回参拝していたのだが、その前日に明日は早朝皇孫殿下いやこの時点ではもう皇太子の迪宮裕仁親王に拝謁したいと申し入れていた。もちろんその願いは聞き届けられたのだが、乃木はそのとき自ら書写した山鹿素行の『中朝事実』を献上し、まだ十二歳の皇太子に難解な漢語を交えて小一時間その内容を解説した。皇太子は最後まで立ったままそれを聞いた。〈希典の講述はおわった。このとき皇儲の少年は、不審げに首をかしげた。「院長閣下は」 といった。かれは乃木とよばずこのような敬称をつけてよぶようにその祖父の帝の指示で教えられていた。「あなたは、どこかへ、行ってしまうのか」 少年はそう質問せざるをえないほど、希典の様子に異様なものを感じたのであろう。(中略)「いいえ」 と、それをあわてて否定した希典の声も、廊下まで洩れた。〉(『殉死』司馬遼太郎著 文藝春秋刊) この作品は一応「小説」だが、実録に基づいている。二人のやり取りが「廊下まで洩れ」ていたからだ。この後、乃木は殉死の意図を隠し退出したが、遺言代わりに皇太子に渡した『中朝事実』とはいかなる書物か? この『逆説の日本史』シリーズの古くからの読者には説明する必要があるまい。いまから十年以上前の話だが、『逆説の日本史 第十六巻 江戸名君編』に私は次のように書いた。〈中国の君主つまり皇帝こそ世界唯一の至高の存在である。この後に日本人はこれに反撥して「日本こそ中国(=世界で一番優れた国)だ」と主張するようになり、たとえば山鹿素行は『中朝事実』などという本を書くようになった。「中朝」とは「中国」のことであり、直訳すれば「中国の歴史」ということだ。しかし、素行がこの中で「中国」と呼んでいるのは、実は日本のことなのである。〉 なぜ日本は中国なのか。そのことも愛読者にはおわかりだろうが、念のために繰り返すと中国においては王朝交代つまり新しい皇帝の就任を、実際には「ケンカに強いやつ」が勝っただけなのに「天命による易姓革命だ」などとごまかす。 しかし、日本の天皇は違う。日本は神の子孫である天皇が、その神徳をもって断絶すること無く神代の昔からこの国を治めている。つまり、中国の皇帝はすべて朱子学の言う覇者(武力と陰謀で天下を取った偽の君主)だが、日本の天皇はすべて王者(徳をもって世の中を治める真の君主)だ。だからこそ日本のほうが本当の中国なのだ、という考え方である。いまも残る「妻返しの松」 司馬遼太郎の「乃木愚将論」については『逆説の日本史 第二十六巻 明治激闘編』でも詳しく述べたとおり、まったく賛成できない。しかし、皮肉なことだが乃木の内面や人間像についてはその分析は見事である。たとえば、いまひとつわかりにくい主君と郎党の関係について司馬は前出の『殉死』で次のように述べている。〈郎党であるということは、どういうことなのであろう。 一種の錯覚がなければならない。狂言における太郎冠者がそのあるじの大名に対するように、あるいは『義経記』の武蔵坊弁慶がその主人の義経に対するように、自分という自然人の、自然人としての主人が帝であるとおもわねばならなかった。(中略)かれが帝をおもうときはつねに帝と自分であり、そういう肉体的情景のなかでしか帝のことをおもえなかった。希典は、つねに帝の郎党として存在していた。〉 明治の文学者たちは、すべてが乃木希典の殉死をこのような視点でとらえたわけでは無い。すでに紹介したように森鴎外はこれに肯定的だったが、新しい世代の代表ともいうべき芥川龍之介は短編小説『将軍』にあきらかに乃木をモデルにしたN将軍を登場させ、「モノマニアックな眼」をした「殺戮を喜ぶ」人間として描いた。 さらに興味深いのは、この作品が発表された一九二一年(大正10)の時点では、ある意味で乃木の軍人としての優秀さを証明したとも言えるヴェルダン要塞攻防戦はすでに終わっているのにもかかわらず、芥川はむしろ多くの兵士を無駄死にさせた無能な将軍として乃木を描いているのである。ちなみにこの作品は当時の検閲に引っかかり、かなりの部分で伏せ字が見られる。原稿は失われてしまったので再現することはできないが、それがあれば芥川の乃木批判の姿勢がより明確になっただろう。 夏目漱石は、少なくとも批判的では無い。その代表作『こゝろ』では最後の最後で主人公が自殺をするのだが、その主人公が乃木に対して共感する部分がある。それは、主人公が新聞で乃木の自殺の理由が若いころの軍旗紛失にあると知ったことに続く描写である。〈乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえてきた年月を勘定して見ました。西南戦争は明治十年ですから、明治四十五年までには三十五年の距離があります。乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうと思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私はそういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立てた一刹那が苦しいか、何方が苦しいだろうと考えました。〉(『こころ』新潮社刊) この後、主人公は長年抱えていた心の悩みを清算するために自殺する。乃木の殉死を漱石がまったく評価していないのなら、こういう文章にはならないだろう。 ところで、乃木希典の生涯については肯定的な人も否定的な人もいるわけだが、肯定的な人々の間にあっても唯一批判的なのが、静子夫人に対する態度である。そもそも乃木は結婚するつもりは無かった。明治十年の少佐時代から内心いずれ自決すると決めていたからである。しかし、周囲は独身の少佐を放ってはおかない。また当時は優秀な男児を儲け、家を保ち、国家に尽くすのが国民そして軍人としての道だという考え方もあったので、乃木は周囲から執拗に結婚を勧められ何度も断っていたが、とうとう面倒くさくなったのか「薩摩の娘ならよい」と答えてしまった。 言うまでも無く、乃木は長州出身である。その乃木がなぜ「薩摩の娘」と言ったかと言えば、陸軍部内における長州閥と薩摩閥の対立抗争に嫌気がさしていたからである。どこでもそうだが、「閥」というグループは同じグループ内での婚姻で結束が固まることが少なくない。平たく言えば、長州出身の軍人は長州から嫁をもらうのがあたり前だということだ。乃木はこうした傾向を苦々しく思っていた。そこで長州出身の自分が率先して薩摩の娘をめとれば、派閥抗争に歯止めがかかると考えたのである。 たしかに考え方は「立派」かもしれないが、これでは妻は「産む機械」にされてしまう。実際そうなった。しかし周囲は、「乃木もとうとう身を固める気になったか」と大喜びして嫁の世話をした。 乃木夫人となった女性は、元の名を湯地七(シチ)といった。七人兄弟の末っ子として生まれたからである。生家は薩摩藩の藩医の家柄である。長兄は定基といい、勝海舟の愛弟子だった。その縁でアメリカ留学し帰国後は新政府に出仕した兄に呼び寄せられ、彼女は東京で女学校を卒業した。そして日露戦争において乃木司令官の参謀長だった薩摩出身の伊地知幸介(あの水師営の会見の写真にもステッセルと一緒に写っている)の強い勧めによって乃木に嫁いだ。 乃木はお七という名前は八百屋お七を連想させてよろしくないと、自分の号「静堂」から一字をとって「静子」という名前を与えてくれたが、決して優しい夫では無かった。結婚式の日は外で散々酒を飲んだ挙句、招待客をおおいに待たせ泥酔状態で帰ってきた。子供は四人生まれたが二人は嬰児のときに夭折し、成人した長男と次男も日露戦争で戦死した。このとき、乃木がわざわざ危険な前線に二人を配置したのはすでに述べたとおりである。それに長男は軍人になることを好まず散々抵抗し静子もそれを支持したのだが、乃木は結局それを押し切って軍人の道を選ばせたという話も伝わっている。 また乃木が四国に置かれた第十一師団の師団長だったとき、官舎が整っておらず近隣の金倉寺(四国88ヶ所霊場、第76番札所。香川県善通寺市にある)を宿舎としていたが、そこにある年の大晦日、東京から静子夫人が面会にきた。どうやら子供のことで重大な相談があったらしいのだが、乃木はそのようなことで「戦場」に来るなと、雪のなか静子夫人を追い返してしまった。ちなみに、いまでもこの寺の境内には「乃木将軍妻返しの松」がある。 じつは乃木はドイツ留学までは毎日のように料亭に出入りして豪遊し泥酔していた。おそらくは心の重荷を紛らわせるためだろうが、ドイツから帰ってきた後は生活態度が一変した。まさに「妻返しの松」に象徴されるような謹厳実直な軍人になった。そして、寝るときも軍服を脱がないという「乃木式」を始めたのも帰国後である。妻としてはこの極端な変化もたまったものではなかっただろう。また姑の壽子も静子には決して優しく無く、儒教的な親孝行にこだわる乃木は姑から妻をかばおうという気持ちは微塵も無かった。たまりかねた静子は、幼い二児を連れて別居に踏み切ったこともあるくらいだ。 話を殉死の評価に戻そう。明治を代表する小説家徳冨健次郎(蘆花)は、この殉死の記事を読んだときの反応を次のように述べている。〈余は息を飲んで、眼を数行の記事に走らした。「尤だ、無理は無い、尤だ」 斯く呟きつゝ、余は新聞を顔に打掩うた。〉(『みみずのたはこと』岩波書店刊) これについて福田和也は、冒頭に紹介した著書で「明治という時代の、広さを感じざるをえない」と感嘆している。なぜなら、蘇峰こそ当時明治天皇の最大の批判者の一人だったからである。(文中敬称略。第1339回につづく)【プロフィール】井沢元彦(いざわ・もとひこ)/1954年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代に独自の世界を拓く。1980年に『猿丸幻視行』で江戸川乱歩賞を受賞。『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』など著書多数。※週刊ポスト2022年4月29日号
2022.04.21 16:00
週刊ポスト
中国国防省が弾道ミサイルの迎撃実験成功をHPで発表
チベット族の焼身自殺が相次ぐ 習近平政権の少数民族政策の影響か
 中国では今年2月下旬から3月下旬までの1か月間で、3人のチベット族の住民が焼身自殺したことが明らかになった。2009年以降、チベット族住民による焼身自殺は約160件発生しているが、最近数年間は落ち着いているなかで、1か月に3人もの自殺者が出るのは、年間を通じて8人が焼身自殺した2014年以来のことだ。 習近平国家主席は今年3月、北京で開催中の全国人民代表大会(全人代=国会)で「中華民族の共同体意識」を強化するよう指示し、今年の重要施策として「少数民族と漢族(中国人)との融和」を強調した。とくに、チベット住民の共住区ではチベット仏教への弾圧や伝統的なチベット文字の使用禁止などが指示されており、これらが自殺者増加の原因となっているとみられる。 インド北東部ダラムサラにあるチベット亡命政府(CTA)の情報によると、中国当局のチベット人弾圧に抗議してチベット族の歌手ツェワン・ロブさんが2月25日、中国チベット自治区の区都ラサに位置する、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマの居住地であり、チベット仏教の聖地ともいえるポタラ宮前広場で焼身自殺を図った。 ツェワンさんは日本の紅白歌合戦に当たる、大晦日に放送される中国の歌番組にも出演する国民的な人気歌手で、日ごろからチベット文字やチベット文化の継承・保護を訴えていた。 ツェワンさんが焼身自殺を図った直後、警察官がかけつけ火を消したが、その後、警察で死亡が確認された。 このほか、 四川省アバ県ギルデン在住の81歳のチベット人ザペンさんが3月27日未明、チベット仏教僧院近くの警察署の前で焼身自殺を図り、警察に連行されて拘束中に死亡。また3 月30日午後4時、青海省玉樹県の公安局前で、同県在住のチベット族、ザペンさんが焼身自殺して死亡している。 3人の遺族は警察から死亡を知らされただけで、遺体は引き渡されていない。過去には、遺骨がチベット族の親族に引き取られた後、葬儀に多くの人が弔問し、政治的なデモに発展したことあった。こういったことを避けるため、いまでは焼身自殺者の遺骨は返還されないという。 海外のチベット人のための非政府組織(NGO)であるチベット人権民主主義センター(TCHRD=Tibetan Centre for Human Rights and Democracy)は中国当局に対し、3人の遺体を直ちに遺族に返し、伝統的な葬儀をきちんと行えるようにできるよう求めている。 また、インドのチベット亡命政府のベンバ・ツェリン首相は海外のチベット人に対して「貴重な命を大切にし、その生命エネルギーをチベットの政治・宗教のために使い、より多くの貢献ができるよう努力してほしい」と呼びかけている。
2022.04.20 07:00
NEWSポストセブン
作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)
【逆説の日本史】乃木希典が遺言書に記していた「大罪」とはなにか
 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立III」、「国際連盟への道 その3」をお届けする(第1336回)。 * * * 明治四十五年七月三十日午前〇時四十三分、明治天皇は崩御した。この年は西暦で一九一二年だが、ただちに大正と改元された。そして、約一か月半後の大正元年九月十三日に大喪の礼が行なわれた。天皇の柩は古式にのっとり午後八時に御所を出発、葬儀場にあたる代々木の陸軍練兵場に向かった。 現在この地には、明治天皇を御祭神とする明治神宮が造営されている。柩は葱華輦という天皇だけが使用できる特別な輿に乗せられた。天皇の輿には屋根に鳳の飾りがついた鳳輦(いわゆる神社の御輿はこれを模したもの)とネギの花(葱華)の飾りがついた葱華輦とがあるが、いつのころからか天皇の移動にあたって葱華輦は吉事では無く凶事に用いられるようになった。 なぜ「ネギの花」なのか来歴は不明だが、この植物が持つ強い再生力にあやかったという説もある。大喪においてこの葱華輦を担ぐ役割を後醍醐天皇以来代々務めてきたのが、比叡山のふもとに住む八瀬童子と呼ばれる人々である。このときも彼らは馳せ参じ、大喪終了後埋葬地の伏見桃山陵までお供を務めた。ちなみに伏見桃山陵は戦国時代豊臣秀吉が隠居城の伏見城を築いた丘にあり、大地震の時謹慎中だった加藤清正が駆けつけた「地震加藤」のエピソードがあった場所でもある。 明治天皇がなぜ東京では無く京都に葬られたのかと言えば、生前からその希望を口にしていたからである。存命中の天皇は、側近から強く勧められても京都に滞在しようとはしなかった。自分は日本近代化のため東京にとどまらなければならない、という意識が強くあったのだろう。 明治維新直前に江戸は東京と改称され徳川氏が駿府に退くことによって皇室の所有地になったわけだが、その東京はあくまで京都とともに日本の首都であるという意識が強くあった。天皇が正式に東京に移ってからも東京奠都(そこを都と定める)という言葉が使われた、これは遷都(完全な首都の移転)では無い。ということで、じつは大日本帝国の法律にも日本国の法律にも「東京を日本の首都とする」という文言は無い。このあたりは意識的にあいまいにされたフシがあり、そのなかで明治天皇はやはり「故郷で永眠したい」と考えられたのだろう。このあたりが、東京で生まれ東京の郊外(多摩御陵)に葬られた息子の大正天皇との違いである。 沿道には葬列を見送る陸海軍の部隊そして群衆がひしめき合い、立錐の余地も無かったという。そして、葬列出発を知らせる号砲が鳴り響いたのを合図に夫婦ともに自刃、つまり天皇に殉死した男女がいた。陸軍大将にして学習院院長の乃木希典と妻静子である。乃木は六十二歳、静子は五十二歳(ともに満年齢)だった。 さまざまな史料、報告によれば、天皇が危篤に陥ったときもっとも参内を繰り返し崩御のときも御所内にいた乃木は、その後は病がちと称し本来協力すべき大喪にも積極的にかかわろうとはしなかった。そして大喪当日にも沿道に出ることも無く、東京市赤坂区新坂町(当時の地名)の自邸に引きこもっていた。ちなみに、現在この地は東京都港区赤坂八丁目だが、乃木神社が建立され新坂は乃木坂と改称されている。もちろん乃木は病気などでは無く、遺言書を書くなど殉死の準備を整えていたのだ。 念のためだが、「殉」にはそれだけで「死ぬ」という意味がある。だから、かつての「隠れキリシタン(潜伏キリシタン)」が信仰を捨てることを拒否して処刑されれば「殉教」になり、警察官が職務執行中に犯人に発砲されるなどして落命すれば「殉職」になる。「殉死」では無い。では、あらためて「殉死」とはなにかと言えば、主君への忠義を尽くすために「お供」して自死することだ。「殉教」「殉職」が「他殺」であるのに対し「殉死」はあくまで自殺だ、そこが違う。 殉死の習慣はかつて世界中にあった。琉球王国では貴人が死ぬと側近が殉死を強いられるという習慣が近世まであったことはすでに述べた(『逆説の日本史 第14巻 近世爛熟編』参照)が、この習慣は古代日本ではわりと早く廃れた。その理由は決して人道的見地からでは無くもっと「合理的」な観点からで、たとえば当主が若くして死んだ場合側近の優秀な家臣が次々に殉死してしまうと、残された後継者(当然若い)を補佐する人材がいなくなってしまい、かえって国家が弱体化するからだ。 古墳から出土する埴輪は殉死を無くすために「身代わりの人形」として作られたと『日本書紀』の垂仁天皇紀に書かれてある。考古学者の多くは実際の発掘状況と一致しないという理由で、これは事実では無く単なる伝承だと考えるが、古代の日本に殉死の例がほとんど見られないのは事実である。ところがこの習慣、戦国時代に復活してしまった。「武士道は死ぬことと見つけたり(『葉隠』)」だからである。 平時と違って戦時は「毎日が戦争」であり、「主君の馬前で討死すること」が究極の忠義だ。しかし、必ずそれがかなうとは限らない。むしろ主君が「勝ち組」になれば、桶狭間の今川義元とは違って天寿を全うして畳の上で死ぬから、討死できなかった家臣も老いさらばえて主君の死を迎えることになってしまう。ならば当然「追い腹かき切って」死ぬべきだ、という考え方が生まれた。この場合は後継者も十分に成長しているわけで、国や家が弱体化する心配も無い。むしろ世代交代を促進する効果もある。 徳川家康はこの時代の人間としては珍しく家臣を大事にしたせいか幕法で殉死を固く禁じたが、武勇を尊ぶ九州の大名家ではなかなか根絶できなかった。九州の大名家で殉死にまつわる悲劇と言えば、多くの文学ファンが思い浮かべるのが森鴎外の『阿部一族』ではないだろうか。じつは、小説はそれまで『舞姫』のような「現代物」しか書いていなかった森鴎外が「時代物」を書くようになったのは、この乃木の殉死がきっかけなのである。 文学の世界ではこの殉死に対する評価は真っ二つに分かれた。新しい世代の代表とも言うべき小説家芥川龍之介は、その作品『将軍』であきらかに乃木と目される人物を批判的に書いた。森鴎外はそれとはまったく逆の立場で初の時代小説『興津弥五右衛門の遺書』を書き、乃木を擁護した。陸軍軍医でもあった 外森林太郎は乃木と同じドイツ留学組で、個人的親交もあったのだ。文学者、ジャーナリストの意見の対立については別にまた詳しく分析する。「乃木大将は馬鹿だな」 検視報告によれば、二人は自邸の居間において壁に掛けられた明治天皇の御真影(肖像写真)の前で正対し、乃木は軍刀で割腹したのち剣を持ちかえて頸動脈を切断し絶命した。静子は護身用の懐剣で心臓を突き刺して死んだ。かたわらに乃木の遺言書「遺言条々」と辞世の歌が置かれ、静子も辞世を残していた。〈うつし世を 神去りましゝ 大君の みあと志たひて 我はゆくなり〉乃木希典〈いでまして 帰ります日の なしと聞く 今日のみゆきに あふぞ悲しき〉乃木静子 意味は訳さずともおわかりになると思うが、問題は「遺言条々」のほうである。なぜ乃木は殉死を決意したのか。現在も乃木神社に保管されている遺書は、「条々」と題しただけあって箇条書きになっている。その第一項の書き出しは「自分此度御跡ヲ追ヒ奉リ自殺候段恐入候儀其罪ハ不軽存候」であり、現代語に訳せば「自分はこのたび畏れ多くも天皇陛下のお後を追わせていただくため自殺をいたします。私の罪は軽くありません」である。 では、その罪とはなにか。乃木が第一項で述べているのは明治十年の西南戦争のおり、田原坂の激戦で「軍旗」つまり連隊旗を敵に奪われてしまったことである。たかが旗と言ってはいけない。これは天皇から連隊の象徴として下賜されたものなのである。しかし、いくら重要なものであっても陸軍の優秀な士官となった乃木が自殺をしてまで償うようなものでも無いし、田原坂の激戦は優秀な士官でもそうした失態を招くような状況であった。いわば不可抗力であり、だからこそ乃木もその後ドイツ留学を許され大将にまで昇りつめることができたのだ。しかし乃木はそれをずっと大きな罪と感じ、死に場所を探していたと告白している。 司馬遼太郎が「乃木愚将論」を展開したことで一時乃木人気は地に落ちたが、戦前の乃木は庶民にも人気のある将軍であった。前にも述べたように、旅順要塞陥落後の敵将ステッセルに対する寛容で武人の鑑とも言うべき態度は多くの国民の共感を呼び、唱歌『水師営の会見』が作られたほどだ。この歌は昭和二十年以前に教育を受けた人間ならば知らない人はいないというぐらい有名なものである。 しかしそうした人気抜群の頃の乃木でも、唯一批判されたのが旅順攻略戦で「多くの将兵を死なせた」ことだ。もっともこれも、後に確立された軍事学の常識で言えば「少ない戦死者で見事に攻略した」という評価になるのだが、戦国時代にも無かった万単位の人間が戦死するという大きな悲劇に直面した日本人はそうは思わなかったし、乃木自身もそれを自分の罪と考えていた。だからこそ長男も次男も危険な場所に配置し、二人が戦死すると「少しは申し訳が立った」と述べたのである。だが、そのことは遺書には書かれていない。 乃木にとって少佐時代の不可抗力的な事件こそが、その後の人生を決定したもっとも大きな軍人としての失策だったのである。 この遺書宛名の一人に、静子夫人が入っている。つまり、当初乃木は一人だけで死ぬつもりだったのだ。それは当然で、広い意味ではすべての日本人は天皇の臣下と言えないことも無いが、やはり陸軍大将としての乃木は他の日本人とは違う。そもそも天皇は大日本帝国の統治者であると同時に陸海軍の大元帥つまり総司令官でもあるのだから。戦国時代の殉死の例を見ても殉死者の妻が一緒に死んだというケースはあまり無い。だから、その報に接した人間のなかには次のような感想を漏らす人もいた。〈「おい、本当だ」 と、その記者はすぐ電話の前から、皆の方へ向って大声に叫んだ。「下女が電話口へ出て本当です、と言うんだ。奥様もやはり一緒だそうだ」「何が一緒だ」 とOが口を出した。「一緒に自殺したというんでしょう」「では心中だな」 と小柄な社会記者Wは鋭い声でやったので、皆がどっと笑った。乃木大将という観念と心中という言葉とがあまりに不釣合いだったからだ。「だって、そうじゃねえか。男と女と一緒に自殺すりゃ、誰の場合だって立派に心中だ」〉(『明治大正見聞史』生方敏郎著 中央公論新社刊) 生方敏郎(1882-1969)はいわゆる「文人ジャーナリスト」のハシリとも言うべき人で、群馬県沼田町の出身。早稲田大学英文科卒業後、『東京朝日新聞』の記者を務めた。観察力に富んだ実録エッセイは得意中の得意で、この『明治大正見聞史』も名著と評価が高い。引用したのは大喪当日の夜の話である。 朝刊の締め切りが近付き、殺気立った新聞社内に生方は詰めていた。そこへ電話がかかってきたが、受けた記者は最初は「悪戯も言い加減にしろ」と電話を切り、もう一度かかってきたときは「馬鹿」と一言怒鳴りつけて電話を切った。つまり、新聞社のなかですら「乃木自殺」などということが一笑に付されるようなあり得ない情報だったことがわかる。 ところが、通信社の人間が念を押してきた。ちゃんと伝えたからあとで文句を言わないでください、という確認である。さすがにおかしいと思った面々から乃木大将の家に電話してみたらどうかというアイデアが出た。ちなみにこの時代、電話のある家はそれほど多くないが、政府高官には緊急呼び出しがかかることもあるので電話は必ずあった。そこで一人が電話してみると、「下女が電話口に出た」。そこから引用部分に続くのである。 ところがその後に、大騒ぎになった編集部内にたまたま上がってきていた新聞の印刷を担当する「若い植字工」が、「乃木大将は馬鹿だな」と大声で叫んだ。生方が驚いていると、すぐそのあとに決して若くもない「夕刊編輯主任」が、「本当に馬鹿じゃわい」と続けた。もちろんそれは乃木大将のやったことが愚挙だと言っているのでは無い。このあたりは現代の感覚とまったく同じである。(第1337回につづく)【プロフィール】井沢元彦(いざわ・もとひこ)/1954年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代に独自の世界を拓く。1980年に『猿丸幻視行』で江戸川乱歩賞を受賞。『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』など著書多数。※週刊ポスト2022年4月8・15日号
2022.04.06 16:00
週刊ポスト
『オン・ザ・プラネット』著・島口大樹
【書評】『オン・ザ・プラネット』虚実入り交じるロードムービー仕立ての傑作
【書評】『オン・ザ・プラネット』/島口大樹・著/講談社/1650円【評者】鴻巣友季子(翻訳家)「俺は、その見る目自体が世界に近いっていうか、世界を発生させるための種、みたいに思うな」 本作中にこんな言葉がある。これを受けて語り手の一人である「ぼく」は、個々の抱える「小宇宙」がぶつかって初めて、「世界が立ちあらわれる」のだと考える。 映画研究会で自主制作映画を撮ろうとしている大学生男子一人、女子一人と、その友だちによるロードムーヴィー風の小説だ。彼らは車で移動しながら、あるいは酒を飲みながら、突発的な思い出話に耽り、ときには世界とはなにか、生きるとは、死ぬとはなにかといった思念的な会話を延々と交わしつづける。 ふざけているようでいて真剣であり、本気に見えてなにかを演じているようでもある。虚実の境をぼやかす描き方は、本作が意識している、ジム・ジャームッシュの初期映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」にも通じるかもしれない。 彼らが鳥取砂丘で撮ろうとしている映画は、世界が終わる前のいっときを描くものだ。彼らの無駄話や雑談にもつねに終末への予感がつきまとっている。語り手「ぼく」の母は家を出ていき、その後に父が自殺して、姉もいなくなったこと。「トリキ」の弟が唐突に姿を消したこと。「マーヤ」の毎朝浜辺で会う女の子がそのうち自殺したこと……。喪失と記憶をめぐる濃密な考察が展開する。 作中には、トリュフォーの「アメリカの夜」も引用される。一編の映画とその撮影現場のようすが交互に映しだされるという結構がこの小説と共通しており、「映画の中での愛や情熱は、勢いそのまま観客に、現実に、迫ってくる」といった映画への評は、そのまま本作にも当てはまるだろう。 人間が映画や写真を撮ったり、物語を紡いだり、歌を作ったりするのは、自分たちの生を写しとり存在を継続させるための行為なのかもしれない。そうしてわたしたちは死ぬためのおだやかな準備をしているのではないか。そんなことを思わせる傑作だ。※週刊ポスト2022年4月8・15日号
2022.04.03 11:00
週刊ポスト
【新刊】漱石と子規の友情描いた伊集院静氏『ミチクサ先生』など4冊
【新刊】漱石と子規の友情描いた伊集院静氏『ミチクサ先生』など4冊
 寒さが身に染みるこの季節。暖かい部屋でゆっくりと読みたい、おすすめの新刊4冊を紹介する。『ミチクサ先生』伊集院静/講談社/上下巻各1870円 東京帝大の英語教師、夏目漱石の初小説『吾輩は猫である』は、正岡子規ゆかりの俳句誌「ホトトギス」で発表された。好評を契機に38才だった遅咲き漱石の怒濤の創作活動が始まる(49才没)。恥かきっ子として養子に出され、芝居や落語に親しんだ漱石の生涯を描く大河小説で、子規との出会いと友情の部分が特に清々しい。国も人も若かった、明治という時代の息吹も楽しんで。『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織/新潮社/1760円 お洒落な82才の知佐子、品のいい86才の完爾と80才の勉。出版社の同僚だった3人は大晦日にホテルの一室で集団猟銃自殺を遂げる。物語は遺族や知人達の間に広がるさざ波を日常の中に描く。号泣、後悔、愛惜。作家の踏子や留学中の葉月など孫世代の追憶が明るい。集団自殺でも、3人とも面白い人生だったと充足して個々に旅立った。生者にも死者にも言える題名が美しい。『東海林さだおアンソロジー 人間は哀れである』東海林さだお著/平松洋子編/ちくま文庫/968円 表題作は、傘を差して自転車を漕ぐ姿から人間は哀れであると悟った少年の日の原体験に、30代の確認体験、とどめに貴乃花優勝の日が登場する。著者が目をとめたのは「感動した」小泉首相の足元が茶色いスリッパだったこと。スリッパ一つで台無しになる権威の空虚さ。他に「明るい自殺」などは、偶然にも上の江國小説の解説を読むようで興奮する。編者との対談2編も併録。『そして陰謀が教授を潰した 青山学院春木教授事件 四十五年目の真実』早瀬圭一/小学館文庫/858円 テーマは1973年、法学部教授が強制猥褻などで起訴された事件。地上げの帝王と親しかった被害者T子の行動は不可解だらけ。が、裁判では教授に有利な証言は無視され、3年の実刑判決が下った。この理不尽を解説の姫野カオルコさんは「腹が立つ」と書くが、胸糞悪い。裁かれるのは(立証責任を持つ)検事という原則がこの国にはない。著者の執念に頭を垂れ、司法に絶望する。文/温水ゆかり※女性セブン2022年2月3日号
2022.01.26 16:00
女性セブン
(時事通信フォト)
「こども家庭庁」への名称変更は政治家たちの浮世離れを象徴しているのではないか 
 政策を一元化するための組織の名前が変わったことが物議を醸している。コラムニストのオバタカズユキ氏が指摘した。 * * * わけあって、数年前から、不登校やひきこもりの子とその親を支援する民間団体に関わっている。そこでたくさんの事例を見聞きしてきてつくづく思うのは、家庭というものは意外なほど脆く、いちど機能不全に陥ってしまうと独力ではなかなか立ち直れないということだ。そして、そのしわ寄せで苦しみ、病んでしまう子供たちの痛ましさである。 不登校やひきこもりは増えているという。その解決には、機能不全家族に介入し、子供を救い出すプロの存在が重要になる。が、そうしたプロは非常に少ない。子供たちを強引に説得、連れ出して、精神科病棟や更生施設に放り込む作業で何十万、何百万の利益を貪る自称プロはあちこちで暗躍しているけれど。途方に暮れた親たちを集めて傷のなめ合いを続けるだけの自助グループは全国各地にあるが……。 もっと事の本質を捉え、当事者である子供に寄り添い、親の過干渉やネグレクトを止めさせるプロと支援組織の育成が急がれる。国や自治体が動く価値のある現代的課題だと強く思う。 そうした現状に問題意識を持つ自民党の参議院議員、山田太郎氏らが、今年の1月に「こども庁」の創設を提言し、その実現に向けて党内で議論が進んでいた。ところが先日、予定していた「こども庁」から「こども家庭庁」に名称を変更することとなった。些細な違いのように感じられるかもしれないが、これは新庁設立の当初の目的とそぐわない重大な改変である。 この動きに対し、山田議員はさっそくツイッターで連投していた。〈虐待や事故で両親を失い家庭がない子、逆に子どもが居ない家庭、家庭前提では傷つく人達がいる配慮、幼き子も読める様平仮名「こども」庁としてきました。勿論、子どもは家庭だけでなく学校、地域の影響も受けます。改めて子ども真ん中の政策からこども庁の名称を強く訴えます〉〈こども庁は子どもの為にあって欲しいと願い、私は政策議論の最前線で与党や政府、世論を相手にここまで皆とやってきました。虐待やいじめ対策に後ろ向きな政府や党を前にむかせ現場や当事者、多くの方々と施策を詰めてきました。家庭、学校、地域でもなくこどもが中心、それがこども庁の理想のはずです〉〈本日(12/15)党内でこども政策基本方針を議論。私は最後まで『名称は「こども庁」であるべきだ』と強く主張しましたが力及ばず。いじめ対策は勝ち取りましたが、党としての名称の決定は「こども家庭庁」に。しかし、まだ諦めません。私はギリギリまで戦っていきます〉 ツイート中にもあるが、「こども庁」創設の目的は、子供の虐待、いじめ、不登校、貧困、自殺、教育格差といった諸問題を解決する政策を、縦割り行政に阻まれることなく、一元的に推し進めることにある。目指すは、具体的困難に直面している子供たちを社会的に救うことであり、だからとにかく「こども」の庁なのである。 なのになぜ、そこに「家庭」がくっつけられたのか。共同通信は、〈伝統的家族観を重視する自民党内保守派に配慮〉してそうなったと報じた。日本経済新聞には、〈自民党から「子どもは家庭を基盤として成長する存在だ」といった意見が出たため修正した〉とあった。 ちょっと待て。「伝統的家族」というのは、いったい何なのか。 自民党保守派の多くが所属している極右的政治団体の日本会議に関連する団体が、理想的な家族のありかたとしてサザエさん一家を挙げている。いまだに夫は仕事、妻は家庭がデフォなのか。2015年の個性調査で9.4%しかなかった「拡大家族」(≒三世代家族)が幸せの形とでもいいたいのか。そりゃもう、何周遅れかのファンタジーの世界だ。「子どもは家庭を基盤として成長する存在だ」というのも一見当然のようだが、もうちょっと考えてものを言ってほしい。子供の虐待、不登校、貧困、自殺などが問題化している家族は、すでに機能不全を起こしているのである。成長できるだけの基盤が壊れてしまったから、その代わりになる社会資源を整えましょうという話なのである。きれいごとだけでは済まされない現実をまるで見ていない。 2012年に自由民主党が作った「日本国憲法改正草案」の第二十四条にこうある。〈家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない〉 家族の助け合いは尊い。それはそうだ。しかし、そう思う通りにいかないのもまた家族であり、互いに依存し合いすぎた結果、個の自立を難しくさせ、あるいは怒りや憎しみや暴力を生み出す小集団と化しやすいのも家族である。「助け合わなければならない」と憲法でその価値を押しつけるのは、毒親を始めとした負の家族圧に苦しむ子供たちをさらに追い込みかねない危険な発想なのだ。 自民党保守派の重鎮、山谷えり子議員は、このたびの名称改変についてこう語っていた。〈「家庭」が入って良かったと思っております。家庭的なつながりというなかで子どもというのは、本当に子ども真ん中で育っていくと思いますので、しっかりと全体をみながら支援がいき渡るように、これから努力していきたい〉 家庭や家族が好きなのだなあ。そこからあふれ出てしまった子供たちの存在は目に入らないのだろう。浮世から離れているのだ。 保守とは、伝統を重んじつつ、現実に即して柔軟に対処を変える態度のことだと私は考える。山田太郎議員にその真の保守政治家の姿を感じる。がんばれ。
2021.12.19 16:00
NEWSポストセブン
神田沙也加さんと母・松田聖子(時事通信フォト)
神田沙也加さん、ホテル22階から転落死 松田聖子のディナーショーは中止へ
 歌手で女優の神田沙也加さんが12月18日、札幌市内のホテルから転落して亡くなった。35歳だった。神田さんは同日、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』札幌公演に出演予定だったが、会場入りせず連絡も取れないまま、急きょ「体調不良で休演」と発表された。ダブルキャストで主演する、元宝塚歌劇団宙組トップスターの朝夏まなと(37)が神田さんの穴を埋めた。「神田さんは、滞在先のホテルから転落しました。札幌の景色を一望できるのが魅力のホテルですが、その高さが仇となったようです」(芸能関係者) 神田さんは22階から転落した。捜査関係者が語る。「22階から転落して病院に搬送されました。地上まで落下したわけではなく、建物14階のせり出した屋外スペースに落ちたのですが、意識不明の重体となり、そのまま亡くなりました。 当日の札幌は、1999年に統計開始して以来1位の値を更新するほどの大雪で、24時間降雪量は55センチに及びました。それでも転落した神田さんのクッションにはなってくれなかったようです。自殺の可能性もあると見られています」 神田さんは、2019年12月に俳優・村田充(44)との離婚を発表してからも精力的に活動を続けていた。来年4月には『銀河鉄道999 THE MUSICAL』でメーテル役を演じることが決定して注目を集めていたが、こちらの舞台が上演されるのかは現時点では不明だ。 愛娘を亡くし、父親である俳優・神田正輝(70)、母親である歌手・松田聖子(59)の悲しみは計り知れない。「松田聖子さんは19日、グランドプリンスホテル新高輪・大宴会場『飛天』にてクリスマスディナーショーの東京公演最終日を迎える予定でしたが、そちらの公演は中止になるとみられています」(前出・芸能関係者) ディズニーの大ヒットアニメ映画『アナと雪の女王』アナ役の日本語版吹き替え声優という大役を掴むなど、“松田聖子の娘”という立場を打破し、ミュージカル女優としての地位を確立していた神田さん。自殺だとしたら、なぜ──。【相談窓口】「日本いのちの電話」ナビダイヤル0570-783-556(午前10時~午後10時)フリーダイヤル0120-783-556(毎日午後4時~午後9時、毎月10日午前8時~翌日午前8時)
2021.12.19 03:10
NEWSポストセブン
子供の「自己肯定感」を高めるなら「上からダメ出し」はしない
子供の「自己肯定感」を高めるなら「上からダメ出し」はしない
 新型コロナ禍の影響が長期化する中で、大人だけでなく、子供たちのメンタルの不調が懸念されている。学校や家庭でのコミュニケーション不足、感染予防のためのマスク着用や屋外での行動制限、生活環境や家族関係の変化などによって、「生きづらさ」を感じる子供たちが増えているともいわれる。 その象徴的なニュースが、小学校・中学校・高校などの児童・生徒の自殺者数の増加だろう。コロナ禍に見舞われた昨年から今年にかけて、児童・生徒の自殺者数が過去最多を更新するなど、子供たちの心身への悪影響が懸念されている。「生きづらさ」を感じる子供たちが増えている一方で、近年、メンタル強化の面で注目されているキーワードの一つが「自己肯定感」だ。実際、「自己肯定感」をテーマにした書籍や新聞・雑誌記事は、枚挙にいとまがない。 もともとは臨床心理学者の高垣忠一郎(たかがきちゅういちろう)・立命館大学名誉教授が、没個性化が進んでいた日本の子供たちの状況を説明する際の用語として使い始めたとされ、「自尊感情(自分には価値があると思える感覚)」や、「自己受容感(ありのままの自分を認める感覚)」などの感覚が充実していることが、自己肯定感の高さにつながるという。 それらの感覚を高めることで、いかに子供たちを前向きにさせ、「生きづらさ」を克服するか──。「……するな」ではなく、「なぜそうしたの?」 そのヒントとして、教育制度の先進国とも言われるドイツにおける子育ての利点を挙げるのが、現地在住20年以上のキューリング恵美子氏だ。結婚を機にドイツへ移住し、異文化の中で2人の子育てを経験したキューリング氏によれば、ドイツ人の家庭における子育ては「自己肯定感」を高めることに直結しているという。「ドイツでの子育てを見ていると、日本の躾(しつけ)ほど厳しくはないとよく感じました。 たとえば、公園で遊ばせていても、いちいちお母さんがそばでピッタリとくっついていることはあまりなく、子供同士で自由に遊ばせています。すべり台から落ちるとか、ひどいケガをしない限り、放ったらかしています。子供たちは、雨の日にわざと水溜まりに入って泥んこになったり、木登りをしたりと、かなりワイルドに遊んでいます。秋に、子供たちが、かき集めた木の葉の中に突進して思いきり葉っぱだらけになっても、お母さんたちは微笑んでいるだけです。 日本では『幼稚園で大騒ぎするのはやめなさい』『礼儀正しくしなさい』など、大人が子供に強いる教育が一般的です。でも、ドイツで子育てしてみると、そうした注意をすることがかえって、子供が自分で考え、自分で感じて、自分で選択して行動する機会を奪っているように思えてなりません」(キューリング氏、以下同) また、日本では子供を注意する際に、よく「他人に迷惑をかけるから」というフレーズを使うが、ドイツではルールを守ることは注意するものの、他者を優先する物言いはしないのだという。「子供がやったことに対して、親が良いか悪いかという判断をするのではなく、どうしてそのようにしたのかを聞いたり、説明させたりすることで、必ず子供の気持ちを優先します。人に危害を加えたり、子供に危険が差し迫ったりしていない限り、親や大人は、決して上から『ダメ出し』をしないのです」小学1年生から「プレゼン」の授業がある さらに、ドイツでの教育で自己肯定感を高めることに寄与しているのが、「プレゼン」の時間だという。「幼児教育の中でも、月曜日には『週末に何をしたのか一人ずつ話す』ための時間が設けられていました。家族でどこへ出かけた、おばあちゃんが遊びに来たなど、たくさん話せる子もいれば、まったく話さない子もいます。でも、これを3年間繰り返していくうちに、小学生になったころには、多くの子供たちが、自分の言葉で主張することができるようになっていくのです。 さらに、小学1年生からは『プレゼンテーション』の時間があります。プレゼンテーションの時間では、先生がテーマを決め、その中から自分が好きなものを選び、自分で調べ、考え、後日その成果を発表し合います。 こうして、小さい頃から自分の主張をしていくこと、相手の意見に左右されないことなど、繰り返し練習していれば、精神的にも強くなり、他人の意見を鵜呑みにすることもありません。こうして大学に進んで社会人となったドイツ人は、子供の時から自主的に考え、自分の意見を持ち、相手に伝え、意見を交わす経験を積んでいるので、世界のいかなる場や会議でも、物怖じすることなく堂々と自信を持って意見を主張できるのです。『自分で考える』『考えを主張する』ことに慣れていくと、自然と自分に自信が持てるようになれます。それが、自己肯定感の高さにつながっているのです」 人はそれぞれに個性があり、得意不得意がある。全員一律の教育ではなく、子供たち一人ひとりに合った教育が必要だろう。“EU(欧州連合)の優等生”ドイツの子育ては、その参考となるのではないか。◆参考文献『ドイツ人はなぜ「自己肯定感」が高いのか』(キューリング恵美子著・小学館新書)『自己肯定感の教科書』(中島輝著・SBクリエイティブ刊)
2021.11.30 16:00
NEWSポストセブン
中国国防省が弾道ミサイルの迎撃実験成功をHPで発表
中国で葬儀社従業員が女性の遺骨窃盗し逮捕 なくならぬ「冥婚」とは
 中国東北部の山東省文祥県で、葬儀社の従業員が若い女性の遺体を火葬した後に遺灰をすり替え、息子の結婚相手を探していた女性に売ろうとしたとして、地元警察は11月上旬、窃盗などの容疑で3人を逮捕した。これは、中国に古くから伝わる迷信「冥婚」あるいは「鬼婚」といわれる儀式用のもので、未婚で死んだ人が死後の世界で寂しくないように、「伴侶」を与えるために行われている。中国ではいまだに各地で、このような儀式が行われて、まれに悲惨な犯罪事件が発生することもある。 中国紙「北京新聞」によると、死亡した女性は20代のライブストリーマーで、数カ月前から精神的な病を患っており、今年10月、視聴者の前で殺虫剤を飲んで自殺したという。 これに目を付けたのが葬儀社の従業員で、以前から未婚の息子のために嫁を探している女性から「『冥婚』で結婚する女性の遺骨を探してほしい」との依頼を受けていた。その報酬として、最大で7万元(約126万円)を約束していたというが、その女性は「相手の女性が自殺ではだめだ」と言って、受け取りを拒否したうえで、警察に通報したという。 死亡した女性の遺灰は回収され、中国中部の湖南省に住む女性の親元に戻された。 この事件を受けて、山東省政府民政局は「冥婚」の取り締まりを強化し省内の葬儀施設に対する検査を開始した。 冥婚がからむ犯罪が明らかになるのはこれが初めてではない。中国・陝西省の警察はこのほど、知的障害のある女性2人を殺害したとして男3人が逮捕している。いわゆる「冥婚」用に遺体を売るのが目的だったという。 また、冥婚の花嫁にするため女性の遺骨が墓から盗まれたという報告は近年も相次いでいる。2015年には山西省の村で女性14人の遺骨が盗まれており、当時の値段で1人につき3万~5万元(約48万~90万円)だったが、現在ではその値段が急騰しており、1人10万元(約180万円)になっているといわれている。 冥婚による遺骨や遺体が盗まれる事件が絶えないのは、中国に一人っ子政策の影響で、結婚適齢期の男性人口に比べて女性人口が少ないためだ。中国政府は今年、一人っ子政策を正式に廃止したが、男女のいびつな人口比率は当分、変わらないことから、「冥婚」がなくなることは難しそうだ。
2021.11.28 07:00
NEWSポストセブン
「事故物件」の告知、今後どうなる? 国交省がガイドライン発表
「事故物件」の告知、今後どうなる? 国交省がガイドライン発表
2021年10月8日に国土交通省から「宅建業者による人の死の告知に関するガイドライン」が発表された。5月に発表された「ガイドライン(案)」に対するパブリックコメント(一般からの意見)を受け、修正したものだ。「事故物件」の告知はどういう結論になったのか。検討した委員会ではどのような議論があったのか。私たちの住まい選びにどうかかわるのかについて考えてみたい。なぜガイドラインが必要なのか以前にもSUUMOジャーナルでご紹介したが、人の死が発生した物件の告知について、明確なルールがないことがさまざまな問題を招いていた。買主や借主は、深刻な事故があっても告知しない業者がいるのではないかという不信感をもつ。死因や経過年数にかかわらず告知が必要という誤解もあるため、宅建業者の調査・対応の負担が過大になる。単身の高齢者・障がい者に対する入居拒否などの問題も事故物件につながる確率が高いのではと敬遠されがちなことによるものだ(参照「事故物件の告知ルールに新指針。賃貸物件は3年をすぎると告知義務がなくなる?」)。(写真/PIXTA)人の死は、個別性が強く一律に線を引くのは難しい問題である。しかし、一定の判断基準を示すことでこれらの問題を解決し、安心できる取引、円滑な流通を実現しようというのがガイドラインの目的だ。告知する範囲(国土交通省HPより)ガイドラインでは告知範囲と宅建業者の調査方法について基準を示している。まず、告知する範囲については「取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼす可能性がある場合は告げる」ことを原則としつつ、以下に該当する場合には宅建業者が告知しなくてもよい、としている。【宅建業者が告知しなくてもよい場合】1. 自然死・日常生活の中での不慮の死(老衰、持病による病死、転倒事故、誤嚥(ごえん)など)2.(賃貸借取引において)「1以外の死」「特殊清掃等が行われた1の死」が発生し、おおむね3年が経過3. 隣接住戸、日常生活において通常使用しない集合住宅の共用部分で発生した死ただし、上記1~3に該当する場合であっても、「社会に与えた影響が特に高い」ものは告げる必要がある。残酷な事件や社会に広く知れ渡ったような事件の場合には告知しなければならないのだ。文章では、ややわかりにくいので図にしてみよう。■ガイドラインによる告知範囲(図:国交省ガイドラインをもとに筆者作成)そもそも今回のガイドラインで告知の要否を検討しているのは、不動産取引における取引の「対象不動産」と「通常使用する共用部分」だ(上記図のタイトル部分)。通常使用する共用部分とは、マンションのエントランス、共用階段、共用廊下などのこと。ここで発生した死は、対象不動産同様、一定の場合には告知が必要となる。一方、隣接住戸や通常使用しない共用部分で発生した死は対象としていない。 その上で死因や取引態様(賃貸か売買か)によって告知の要否を分けている。まず、自然死・不慮の事故であれば告知は不要だ(1)。死因が自然死等以外(自殺や他殺など)の場合や、自然死等であっても特殊清掃が行われた場合には、賃貸であれば3年間は告知が必要となる(2)。売買については告知期間を定めていない(3)。より長い期間告知が必要ということになる。以上はあくまで原則だ。「社会に与えた影響が特に高い」事案であれば、話が変わってくる。賃貸で3年経過していようとも告知しなければならない(4)。もちろん、売買でも告知が必要だ。宅建業者はどのような調査を行うのか(写真/PIXTA)次に調査について。宅建業者は売主・貸主に対し、過去に生じた事案(人の死)について告知書への記載を求めることで調査義務を果たしたことになる。近隣住民への聞き込みやネットで調査するなど自発的な調査までは求められていない。それでは売主や貸主が事実を隠蔽するのではないか、と心配になるかもしれない。この点については、告知書が適切に記載されるよう助言することが宅建業者に求められている。「故意に告知しなかった場合には、損害賠償を求められる可能性があります。きちんと告知してください」といった注意がされるわけだ。また仮に売主・貸主からの告知がなくても、「人の死に関する事案の存在を疑う事情があるとき」は、宅建業者が売主・貸主に確認する必要がある。後々のトラブルを回避したいと考える宅建業者による適切な助言や情報収集が期待されている。人の死は、それだけで瑕疵なのかまた、告知にあたっては「亡くなった方やその遺族等の名誉及び生活の平穏に十分配慮し、これらを不当に侵害することのないようにする必要がある」としている。具体的には「氏名、年齢、住所、家族構成や具体的な死の態様、発見状況等を告げる必要はない」とされる。亡くなった方の名誉を傷つけることのないよう配慮が求められているのだ。(写真/PIXTA)これは今回の修正で強調されたことだ。パブリックコメントにも「人の死は当然あることで嫌悪感をもたないような一文を添えてほしい」「自死のあった物件をすべからく心理瑕疵物件とすることは、差別・偏見を助長する」という意見が寄せられた。 「事故物件」を扱った番組や記事などでは、「事故物件は嫌だ」という街の人の声とともに、足の踏み場のないくらい山積みになったゴミ袋の映像や写真が取り上げられることが多い。しかし、人が亡くなった物件の全てがそのような状態になるわけではない。自殺や孤独死があった物件を、一律ゴミ屋敷扱い、お化け屋敷扱いし、忌み嫌うべきものとしていることは、まさに「偏見を助長する」ものだろう。物件選択の基準はそれぞれだ一方、たとえ偏見であっても、ある事情があれば借りたくない、買いたくない、と考える人もいる。他人から見れば不合理に見えても、本人が嫌だというのであれば、借りない、買わない、というのは自由である。これは人の死に限らない。繁華街を利便性が良いとプラス評価する人もいれば、うるさいのは嫌だと思う人もいるだろう。(写真/PIXTA)物件選択にあたり何を重視するかは人それぞれなのだ。他人からその観点は非合理だ、と否定されるべきものではない。ガイドラインでも「不動産取引における人の死に関する事案の評価については、買主・借主の個々人の内心に関わる事項であり、それが取引の判断にどの程度の影響を及ぼすかについては、当事者ごとに異なるもの」としている。そのため「買主・借主から事案の有無について問われた場合」や「買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合」には告げる必要がある。検討会ではどのような議論がされたのか今回のガイドラインは国交省の「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」での議論を基に作成された。この検討会の座長を務めた明海大学不動産学部学部長の中城康彦(なかじょう・やすひこ)教授に、検討会ではどのような議論があったのか、お話を伺った。「人の死を巡る課題の解決は、「不動産業ビジョン2030~令和時代の『不動産最適活用』に向けて~」(国土交通省 2019年4月)が重点的に検討すべき政策課題とした、ストック型社会の実現、安全・安心な不動産取引の実現、全ての人が安心して暮らせる住まいの確保など、ビジョンの目標と重層的にかかわってきます」(中城先生)明海大学不動産学部学部長の中城康彦教授(写真提供/中城康彦)ストック型社会の実現、つまりは住宅を適切に管理し、長期にわたって使用していく、ということだ。その過程では、人が亡くなるということも当然に起こりうる。人が亡くなった物件を一律、瑕疵のある物件として扱うのでは、ストック型社会の実現は難しい。また、検討会では「死の尊厳」についても意見が交換されたという。「検討会では不動産関連団体、消費者団体、学識経験者から多面的な視点と情報が提供されました。その上でパブリックコメント後の修正では「死の尊厳」に配慮しました。宅建業法の枠内とはいえ、ガイドラインが慣習的な「心理的瑕疵」という言葉を用いない点を評価したいと思います。今後は住宅管理業と協働し、人の死を予防し早期発見する社会を実現することが期待されます」(中城先生)レッテルを貼り続けることは、社会的損失を生むある住居で人が亡くなったとしても、死後、一定年数が経過しているのならば気にしない、という人も少なくないはずだ。しかし「事故物件」「心理的瑕疵物件」というレッテルが貼られているものに住むことは躊躇するかもしれない。周りから、事故物件に住んでいる人、という目で見られるのは嫌だからである。となると、そういう物件は選ばない。これは需要者側の物件選択の幅を狭めることになる。一方、供給者側は、物件を敬遠する需要者が出ることで、価格・賃料を下げなければ売れなくなる、貸せなくなる。中には、どうせまともな賃料では借り手がつかない、ということでリフォームされず放置されるものも出てくる。高齢者、障がい者の一人暮らしが拒まれることも続くだろう。遺族への損害賠償請求という深刻な事態にもつながる。本来ならば長期利用が可能な物件が「事故物件」のレッテルを貼られることで、スポイルされ、さまざまな問題を生んでしまうのだ。本人が嫌だと思うからその物件を選ばない。これであればなんの問題もない。しかし皆が嫌がる物件だから……というある種の同調圧力により優良な住宅ストックが利用されないのは社会的な損失でしかない。「建物を長期利用する過程では、いろいろなことがある。事故が3年以上前の話なら、(極端な例を除いては)気にする必要はない」という考えが広まることは、不動産の流通、優良な建築ストックの活用につながるだろう。今回のガイドラインをきっかけに、無意味なレッテル貼りがなくなることを期待したい。●関連サイト宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン事故物件の告知ルールに新指針。賃貸物件は3年をすぎると告知義務がなくなる?(中村 喜久夫(明海大学不動産学部教授・不動産鑑定士))
2021.11.16 07:00
SUUMOジャーナル
子供の悲痛な叫び声が上がっている
子供の自死が過去最多、毎年1割ずつ増加 原因が学校から「家族問題」へ
《本当に毎日毎日絶望》、《助けて欲しい。もう辛いんです 限界です》──。そんな悲痛な叫びが、毎日山のように届けられる。送信しているのは、まだ年端もいかない子供たちだ。文部科学省が10月13日に発表した「令和2年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によると、2020年度の国公私立小・中・高校が把握し文科省に届け出た子供の自殺件数は、過去最多の415人。高校生が305人と約7割を占めた。先進国の中でも、日本の子供の自殺率はワースト1位だ。 中央大学人文科学研究所の客員研究員で、精神看護学が専門の高橋聡美さんは、この状況に危機感を募らせる。「2006年にできた自殺対策基本法は、おもに中高年男性への自殺対策が重点事項でした。一方、18才以下の子供は置いてけぼりの状態が続いている。とりわけ2016年の法改正以降、子供の自殺件数は毎年1割ずつ増えている状態です」 子供の自殺というと、原因に学校でのいじめやトラブルを思い浮かべる人も多いだろう。だが、2020年度のいじめの認知件数は、過去最高だった2019年度より9万5333件減少した51万7163件。 一方、自殺の要因として増加傾向にあるのが「家庭問題」。昨年、自殺した子供が置かれていた環境の中で最大の割合を占めたのが「家庭不和」で、12.8%。つまり、子供の自殺の原因が、学校から家庭に移りつつあるということだ。 冒頭のメッセージは、NPO法人若者メンタルサポート協会理事長の岡田沙織さんが行うLINE相談に寄せられたものだ。月に4万件届く声のなかには、家庭に問題やストレスを抱えるメッセージも多い。 家庭不和において重要なポイントは“子供がどう感じているか”だという。岡田さんが語る。「悩んでいる子のなかには、虐待を受けている子ももちろんいます。子供にとっては両親が不仲だったり、抑圧的であるだけで相当なストレス。家族関係の歪みのしわ寄せが当人に向かってしまい自殺を選んでしまうのです」 さらにこう続ける。「新型コロナによって外出に制限がかかり、親も子供も自宅で過ごさなければならない時間が増えました。親の内向きなストレスが家庭内で子供に向けられ、普通の家庭が崩壊するケースもあります。 子供にしてみれば、学校も休校になったりして、家にいなければならないのに、居場所がないし息が詰まる。でも、逃げ出したくても家以外どこにも行き場がない。八方ふさがりになり生き地獄のような日々を送ることになるんです。そして、最悪な手段に走ってしまう」 国内のコロナ感染者は、感染爆発時に比べると少なく推移している。だが岡田さんは、「いずれコロナが収束したとしても、根本的な解決にはならない」と話す。「子供が自殺する原因の“家庭不和”をつくっているのは親です。親が自分の価値観を押しつけ、子供の気持ちや行動を否定していることに気づくことができれば救える命が増える。大切なのは子供の気持ちを受け入れること。そして受け入れていると伝えてあげることです。自分が子供だった頃を思い出して、子供の話に傾聴する姿勢をみせましょう」(岡田さん) 前出の高橋さんが強調するのは「物理的な防護」だ。「子供の感情はジェットコースターのようになっていて、たまたま“死にたい”と思った瞬間にその環境があると、死ぬことができてしまうんです。学校では屋上に行けないようにアクセスを制限するとか、生徒がいない教室だけでも施錠するといった対策が必要。ほかにも電車のホーム、地方では橋からの飛び降りも警戒しなくてはならない。自殺を防ぐ特効薬はありません。だからこそ、物理的に“自殺できない”環境をつくってあげる必要があるのです」 早急な対策が求められる。※女性セブン2021年11月11・18日号
2021.11.04 07:00
女性セブン
高齢者の孤独死。その時賃貸は事故物件になる?国交省が告知ガイドライン提示
高齢者の孤独死。その時賃貸は事故物件になる?国交省が告知ガイドライン提示
65歳からの部屋探しを支援するR65不動産が、全国の65歳以上を対象に「孤独死に関する意識調査」を実施した。「孤独死」は大きな社会問題になっているが、同時に、事故物件扱いとなって貸しづらくなるという賃貸住宅業界の課題でもある。詳しく説明していこう。【今週の住活トピック】「65歳以上の孤独死に関する意識調査」を公表/R65高齢期になると賃貸住宅が借りづらい理由の一つが「孤独死」筆者は当サイトで、「65歳以上の“入居拒否”4人に1人。知られざる賃貸の「高齢者差別」」という記事を執筆したが、高齢期になると賃貸住宅を借りづらくなるという実態がある。高齢期になると賃貸住宅への入居を断られる事例が多くなるのは、主に次のような要因による。(1)入居中に何かあったときに駆けつけて対応してくれる、連帯保証人や緊急連絡先が必要(2)入居中に認知症などで判断力が低下したときにトラブルが起きる可能性(3)孤独死などが起きたとき、賃借権の解消や残置物の処理に手間がかかり、次の入居に支障が出る(1)や(2)は貸主(大家)側の工夫や頑張りで解消する部分もあるが、(3)の孤独死などが起きると、一定期間は次の入居者募集ができず、また、次の入居が遅れれば想定している賃貸収入が得られないという、賃貸経営上の問題が生じる点で最もやっかいだ。高齢者の意識「孤独死はやむを得ないが、長期的に放置されることを強く懸念」その孤独死について、R65不動産が調査を実施したところ、驚くような結果が出た。65歳以上に「孤独死の危険がある出来事(病気・災害・事故等)が起こってしまった場合、どちらを強く懸念するか」と聞いて、次の3択を提示した。「生きている間に見つけてもらえないこと」「長期的に遺体が放置されてしまうこと」「どちらとも言えない」この問いへの回答は、「生きている間に見つけてもらえないこと」が25.1%だったのに対し、「長期的に遺体が放置されてしまうこと」は41.1%と約1.6倍も多かった。特に単身高齢者の場合は、「長期的に遺体が放置されてしまうこと」を懸念する人が46.7%にも達した。R65不動産「65歳以上の孤独死に関する意識調査」より転載また、孤独死に関して以下をどう考えるかを聞くと、「未然に防ぐことが難しいためやむを得ないと思う」58.8%(とても思う15.5%+まあ思う43.3%)「たとえ何が起きてもすでに覚悟を決めている」51.8%(とても思う14.2%+まあ思う37.6%)となり、孤独死はやむを得ないもので、覚悟を決めているという人が半数以上であることが分かる。孤独死などの人の死に関する告知についてガイドラインができた実は不動産業界では、賃貸借契約の際に孤独死があったことを告知すべきかどうかの議論がされていた。というのも、宅地建物取引業法では、「宅地建物業者(以下、宅建業者)は契約の判断に影響を及ぼすような重要な事実を告知する義務がある」と定めている。告知すべき内容には、借りようとする部屋で自殺や他殺などの事件があったり、近くに暴力団事務所があったりなど、そこに住む人が嫌悪感をもつような「心理的瑕疵(かし=欠陥や傷)も含まれる。この心理的瑕疵に孤独死も該当するのかどうかが不明確で、宅建業者によって告知する範囲が異なるといった事態が起きていたからだ。2021年10月8日に国土交通省が「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を策定し、公表した。分かりやすくいうと、次のような原則が提示されたことになる。・売買・賃貸ともに、孤独死を含む自然死や不慮の死などの場合は告知不要・賃貸の契約で、自殺や他殺などの場合、特殊清掃等が行われた場合でも3年程度経過したら告知不要・売買・賃貸ともに、隣接する住戸や通常使用しない集合住宅の共用部分(※)は告知の対象外 (※)該当住戸のベランダや通常使用する玄関・エレベーター等は告知の対象 ただし、近隣の人によく知られた大きな事件になったような場合は告知すべきとしているほか、契約するかどうかの判断に重要な影響を及ぼす場合も告知すべきとしている。気になる人は、人の死に関する出来事がないかを宅建業者に確認するとよいだろう。なお、特殊清掃等とは、遺体が長期間放置されたことで臭気や部屋の損傷が激しいときに清掃やリフォームをすることを指す。特殊清掃等が行われてから3年経過していない住戸は、判断に重要な影響を及ぼす場合に該当する可能性が高いとしている。こうしたガイドラインができたことで、孤独死=事故物件扱いとなって価格や賃料を下げざるを得ない、といったことを避けられるメリットがある。加えて、孤独死などによる残置物の処理についても、国土交通省が2021年6月に、賃貸借契約の解除や残置物の処理を内容とした死後事務委任契約に関する「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を定めており、高齢者が賃貸住宅を借りづらいという環境をつくらないよう努めている。超高齢化社会を早期に迎える日本では、単身の高齢者が増加するとみられており、孤独死はより身近な問題となるだろう。筆者などは、生きている間に助かるよう支援してほしいと思うほうなので、死後の長期放置を懸念する人が多いことに驚いた。このように、孤独死の覚悟を決めている高齢者が多いことを、若い世代にも共有してもらいたい。●関連サイト「65歳以上の孤独死に関する意識調査」/R65不動産「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」の策定/国土交通省「残置物の処理等に関するモデル契約条項(ひな形)」の策定/国土交通省(山本 久美子)
2021.10.27 07:00
SUUMOジャーナル
『謎ときサリンジャー 「自殺」したのは誰なのか』著・竹内康浩、朴舜起
【書評】「読む」という創造的行為でサリンジャーの小説を「書き直す」
【書評】『謎ときサリンジャー 「自殺」したのは誰なのか』/竹内康浩、朴舜起・著/新潮選書/1650円【評者】鴻巣友季子(翻訳家) ある書籍の企画で、片岡義男氏とサリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」の冒頭を翻訳しあったことがある。そのときに、シーモアの妻の「脚の組み方」が話題になった。膝のところで組んでいるのか、足首を交差させているのか、確かそんなやりとりだったと思う。『謎ときサリンジャー』では、妻が足を組むという細かい動作も謎ときの手がかりになる。「バナナフィッシュ…」は、作者の「グラス一家サーガ」の第一巻となる短編で、その後に、『ナイン・ストーリーズ』、『フラニーとゾーイ』、「シーモア序章」などがつづく。一九五〇年代、フロリダのリゾートホテルの一室で、三十一歳の男「シーモア・グラス」が拳銃自殺を遂げた―「バナナフィッシュ…」の衝撃のラストはこのように捉えられてきた。シーモアの戦争体験による心的外傷が一因だという解釈が一般的だった。しかしこの「謎とき本」は、この死が未来において予告された必然のものだと解く。そこから、本当に死んだのはシーモアだったのか?と、問うのだ。 さらに、作品後半で、シーモアの星座が間違っている件や、どうして「シーモア」と言わずに「若い男」としか言わないのか?という、読者が見過ごしていた疑問を次々と突きつけ、作者の他作品とも緻密に関連づけて読み解いていく。 有名なsee more glass(「もっとグラスを見なさい」とも聞こえるし、「シーモア・グラス」にも聞こえる)という言葉遊びの真意は? 「おまえの星々を出してくれ」という「シーモア序章」の台詞の意味はなにか? また、サリンジャーにとって、「義足」がどんな役割をもっているのか? 阿波研造の弓道術、オイゲン・ヘリゲルの『弓と禅』、そして芭蕉の句や鈴木大拙の俳句論へ(芭蕉とはバナナの葉のことだ)。 そこには生と死の固定観念を覆すような境地が待っている。「読む」という創造的行為でもって、小説を「書きなおす」とはこういうことだと実感した。※週刊ポスト2021年10月29日号
2021.10.20 16:00
週刊ポスト
警察小説大賞受賞の現役新聞記者・直島翔氏「記者として見聞きしたこと全て書いた」
警察小説大賞受賞の現役新聞記者・直島翔氏「記者として見聞きしたこと全て書いた」
【著者インタビュー】直島翔さん/『転がる検事に苔むさず』』/小学館/1760円【本の内容】  主人公は久我周平、43才。4浪の末に司法試験に合格し検察庁に入庁した苦労人。そうした経緯のせいで中小の支部ばかりを渡り歩き、現在の職場は東京地検浅草分室。いつかは東京地検特捜部で……と思い、その声がけもあったが本庁の派閥争いに巻き込まれて話は立ち消えになった過去があった。夏の夜、若い男が鉄道の高架から転落し、猛スピードで走る車に衝突する事件が起きる。果たして自殺か、他殺か。交番巡査や新人の女性検事とともに真相に迫る中、本庁内で蠢く争いに再び巻き込まれて──検察組織の裏と表を知る著者だからこそ書ける迫真のミステリー。人の温かさや幸せってなんだろう、と考えながら書いた 第3回警察小説大賞受賞作。警察官ももちろん出てくるが、小説の主役は検事だ。 検事といっても、エリート集団の東京地検特捜部ではなく区検の浅草分室に勤務する窓際検事で、ふだんは少年の窃盗事件や器物損壊など、担当するのは町の小さな事件ばかりというのがまず面白い。「江戸の奉行所でも成立するようなお話として書きました。『半七捕物帳』とかの感じを現代の空間に置き換えたらどうなるのかな、って前から思ってたんですね。人の温かさや幸せってなんだろう、みたいなことを素直に書いてみたい。自分が敬意を持ったり好きになったりした人は、どういうところが良かったんだろうかって考えながら、デフォルメしたり、一部だけ取ったりして人物に落とし込んでいきました」 若い男が鉄道の高架から転落、猛スピードで走る車にぶつかり死亡する。状況からは自殺か他殺かわからない。所持品で自動車ディーラーのセールスマンだと判明するが、まじめだという周囲の評判とは裏腹に、ペーパーカンパニーを利用した外車の輸入にかかわっていたことが明らかになり、彼が通っていたボクシングジムのロッカーから合成麻薬が発見される……。 一人の男の不審死をめぐる謎解きの面白さはもちろんだが、組織小説として読んでも引き込まれる。主人公の久我周平は、司法試験に受かるまで四浪し、エリートコースを外れている。中小支部の勤務ばかりだが、仕事への取り組みは誠実で、その実力は周囲も認めるところ。東京地検特捜部に異動する話もあったが、人事はつぶされてしまう。彼を引き上げようとした元上司は、「きみが干されているのは、仕事をするからなんだよ」と言う。「検察内部もそうですし、ぼく自身、ずっと記者として働いてきて、どんな役所や会社でもあることではないかと気づいたことですね。人の仕事や自分にない能力を認めるのは集団の中にいるとなかなか難しい」 じつは直島さんは現役の新聞記者で、現在は時事コラムを担当している。もともとは社会部で、検察庁を担当していただけに、検事の日常や行動パターン、検察庁内部の人間関係も含めた細部の描写に厚みがある。「自分が記者として見聞きしたことを書いてはいけない気がしていて、ぼくが最初に書いたのは仕事と関係ないインテリジェンス小説だったんです。原稿を読んでくれた編集者に、自分が取材経験のある分野で書いてみてはとすすめられて書いたのが今回の小説です」ものすごく面白いものを書きたい願望が自分の中にある 警察官が主役の警察小説では、検事はもっぱら敬して遠ざけておきたい存在として描かれがちだが、直島さんの小説では、警察官と検察官の距離は、もう少し自然な協力関係に見える。「いい検事さんって、現場の警察官からも尊敬されてますよ。意外に、と言うとなんですけど、立派な人もたくさんいます。自分の実績をいばってばかりの、こちらの人間観が変わりそうな人も特捜部にはいましたけど、『おれはあんたたちの思い通りにはしない』と態度で示していると、『わかるよ、自分もそう思う』と言って、助けてくれる人が出てきたりもしました。自分の人生の恩人と言える人もいます」 久我のモデルになった人に本を送ったところ、「若いころに暗中模索していたころを思い出しました」とすぐにハガキをくれた。ハガキには、「きみにそんなこと話したかな」と書いてあったそうだ。 直島さん自身が投影されそうな、新聞記者も脇役として登場する。官舎の前で検事が帰ってくるのを何時間も待ち、「書くな」と言われたネタで他社に抜かれたりもする。「新聞のスクープって複雑で、ずっと前から知っていても書けないことも多かったりするんです。あまり考えず、相手に言われるまま書く記者がスクープできたりもする。いざ書いても、『おれはやったぞ!』って自分を褒められない状況だったりして、記者を出すと、どうしてもダメな人にしてしまいます」 人情味のある検察小説は、バディ(相棒)小説でもある。久我と一緒に浅草分室で働くのは、新米検事の倉沢ひとみ。向こう気が強く、指導官である久我にもまったくものおじしない。遅刻した久我が、「すまん、すまん、電車が混んでたもんで」と言い訳すれば、「電車が混んで遅れる人はいません。漫才のボケみたいなこと言ってはぐらかさないでください」とすかさず切れのいいツッコミを入れる。 さらに、久我の飲み友達である墨田署の刑事課長が指導を頼んだ刑事志望の有村巡査が頻繁に出入りするようになり、同い年の倉沢と有村とのあいだにも相棒のような関係が成立する。 直島翔(なおしましょう)はペンネームだ。編集者に原稿を見てもらっているとき、「直します、直します」とたびたび言ったことを思い出してつけたものだそう。「衝動的に、ダジャレを言ってしまいました(笑い)。最初、文章の章でと思ったんですけど、作家の鳴海章さんと似てしまうから『翔』にしては?と編集者に言われて。櫻井翔さんの名前が真っ先に頭に浮かんで、むちゃくちゃ恥ずかしいな、と思ったんですけど、喫茶店に入ったら横浜銀蝿の翔さんのポスターがたまたま張ってあって、おっさんもいるし、じゃあそれでいいかと決めました」 タイトルは、作中にも出てくる、直島さんが大好きなロックバンド、ザ・ローリング・ストーンズにちなんだ。次作も、年内刊行をめざしてただいま執筆中。「小説を書けるのは土日だけで、土曜日は疲れているのでほぼ日曜だけですけど、ものすごく面白いものを書きたい渇望が自分の中にあって、本作の50%増しぐらい面白いやつを目標に書いています」 転がる検事は、次にどこへ向かうか。【プロフィール】直島翔(なおしま・しょう)/1964年宮崎県生まれ。立教大学社会学部社会学科卒業後、新聞社に入社。社会部時代に検察庁など司法を担当。本作にて作家デビュー。取材・構成/佐久間文子※女性セブン2021年10月21日号
2021.10.12 16:00
女性セブン

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