国際情報

ベルギー 精神病患者が安楽死を選べる国

自宅で取材に応じてくれたミア(左)とセリーナ(右)

 ジャーナリスト、宮下洋一氏によるSAPIO連載「世界安楽死を巡る旅 私、死んでもいいですか」。先進国の中でも、日本とフィンランドに次いで自殺が多いベルギーでは、精神病患者の最期の選択肢として安楽死が認められ、近年増加している。49歳の若さで30年以上にわたる躁鬱病生活に安楽死により終止符を打った男性・クン・デプリックのパートナー、ミア・フェルモン(53)とその娘セリーナ・ブランデル(17)が、どのようにして安楽死を見守ったかについて宮下氏がリポートする。

 * * *
 クンは、ミアの知り合いで安楽死を扱うティンポント女医との診療を開始する。過去の精神病歴から、自殺未遂経験、家族関係が綿密に調べられていく。彼女のほか、セカンドドクターの診察も受け、クンの病気は「耐えられない痛みを持つ」ことと、「改善の見込みがないもの」と診断された。

 つまり、安楽死の条件を満たしている。精神病患者が安楽死するための条件は、一般的にあまり認識されていない。精神病患者の場合、「耐えられない痛み」と、「改善の見込みがない」という基準が理解され難く、人それぞれの解釈が大きく異なる。だが、この取材を続け専門家たちに会うなかで私が学んだ特徴は以下の点だった。

 1)10代の頃から精神病院に何度も通うが治らない、2)自殺未遂の経験が数回ある、3)セロトニン(*)が足りないという生物学的な問題

【*神経伝達物質の一つ。人の感情や精神面に影響を持つとされている】

 後日、ティンポント女医に取材したところ、クンは、安楽死の条件をすべて満たしていた。クンの家族は、どんな反応だったのでしょうか? ミアは、すぐに答える。

「父親はすでに他界しています。母親は、当初、安楽死は断固反対の立場を貫きました。彼のお兄さんも妹2人も、『クンを殺す気だ』と、医者を殺人者扱いしていました。でも、最後は、ティンポント女医の誠実な説明を受け、全員が受け入れましたね」

 ミアは、女医がクンの家族にこう言ったことを記憶している。

「クンは刑務所の独房生活をしているようなものです。彼はそこから解放されたい。彼にとって死は、自由と平和を手に入れることなのです」

 当時、14歳のセリーナは、クンの選択を、どう捉えたのか。

「食事中のテーブルで、2人の様子がおかしかったのを覚えています。気まずくなって私が席を立って、部屋に行ったんです。実は、その時、私はその後の2人の会話をこっそり聞いていました。詳しくは覚えていないのですが、どうもクンが命を絶つような話でした」

 直後、クンは、セリーナをテーブルに呼び戻し、安楽死の決意を明かした。当時はまだ「普通に生きている人がなぜ死ぬのか分からなかった」というセリーナは、無理矢理自分を納得させた。

 ミアとクンの2人は、安楽死の2週間前、ベルギーとの国境沿いにあるフランスの町、コート・ドパールの小旅行に出かけた。やせ細ったクンではあったが、安楽死が許可された後の様子は別人のようだった、とミアは言う。

「笑顔が絶えなかったですね。旅行中は、ずっと冗談を言って、私を楽しませてくれました。海を散歩しているクンの表情には、しばらく見ていなかった落ち着きがありました」

 肉体的、あるいは精神的、または両方に苦しむ人たちが、死を目前に見せる独特の表情だ。私がこれまで出会ってきた多くの患者も「死ねると分かった瞬間にホッとする」と語っていた。こうした話を聞く度に、私は、物事を禁じることが、時には、大きな矛盾を生み出していることを学ばされる。

 セリーナは、クンが安楽死を行う前夜、ヘントに住む叔母の家に連れて行かれた。クンとは「さようなら」の簡単な別れを告げただけだった。

関連キーワード

関連記事

トピックス

若手俳優として活躍していた清水尋也(時事通信フォト)
「もしあのまま制作していたら…」俳優・清水尋也が出演していた「Honda高級車CM」が逮捕前にお蔵入り…企業が明かした“制作中止の理由”《大麻所持で執行猶予付き有罪判決》
NEWSポストセブン
「正しい保守のあり方」「政権の右傾化への憂慮」などについて語った前外相。岩屋毅氏
「高市首相は中国の誤解を解くために説明すべき」「右傾化すれば政権を問わずアラートを出す」前外相・岩屋毅氏がピシャリ《“存立危機事態”発言を中学生記者が直撃》
NEWSポストセブン
3児の母となった加藤あい(43)
3児の母となった加藤あいが語る「母親として強くなってきた」 楽観的に子育てを楽しむ姿勢と「好奇心を大切にしてほしい」の思い
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
過去にも”ストーカー殺人未遂”で逮捕されていた谷本将志容疑者(35)。判決文にはその衝撃の犯行内容が記されていた(共同通信)
神戸ストーカー刺殺“金髪メッシュ男” 谷本将志被告が起訴、「娘がいない日常に慣れることはありません」被害者の両親が明かした“癒えぬ悲しみ”
NEWSポストセブン
ハリウッド進出を果たした水野美紀(時事通信フォト)
《バッキバキに仕上がった肉体》女優・水野美紀(51)が血生臭く殴り合う「母親ファイター」熱演し悲願のハリウッドデビュー、娘を同伴し現場で見せた“母の顔” 
NEWSポストセブン
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン
木瀬親方
木瀬親方が弟子の暴力問題の「2階級降格」で理事選への出馬が絶望的に 出羽海一門は候補者調整遅れていたが、元大関・栃東の玉ノ井親方が理事の有力候補に
NEWSポストセブン
和歌山県警(左、時事通信)幹部がソープランド「エンペラー」(右)を無料タカりか
《和歌山県警元幹部がソープ無料タカり》「身長155、バスト85以下の細身さんは余ってませんか?」摘発ちらつかせ執拗にLINE…摘発された経営者が怒りの告発「『いつでもあげられるからね』と脅された」
NEWSポストセブン
結婚を発表した趣里と母親の伊藤蘭
《趣里と三山凌輝の子供にも言及》「アカチャンホンポに行きました…」伊藤蘭がディナーショーで明かした母娘の現在「私たち夫婦もよりしっかり」
NEWSポストセブン
高石あかりを撮り下ろし&インタビュー
『ばけばけ』ヒロイン・高石あかり・撮り下ろし&インタビュー 「2人がどう結ばれ、『うらめしい。けど、すばらしい日々』を歩いていくのか。最後まで見守っていただけたら嬉しいです!」
週刊ポスト
2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)
《恐怖のマッサージルームと隠しカメラ》10代少女らが性的虐待にあった“悪魔の館”、寝室の天井に設置されていた小さなカメラ【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン