やがて2人は恋仲になり、家から逃亡し、ヨーロッパを目指す。だが、ポルトガルからの独立後に起こった内戦の最中に生まれたマタダに出生証明書がなく、パスポートが取れない。苦労して捻出した賄賂の金も代行業者か役人の懐に消えていくだけだった。「欧州の二流国」ポルトガルの植民地支配は苛烈で、東西冷戦を背景にした内戦は激しく、大量虐殺が行われ、終結後は無情な市場経済が襲来した。モザンビークは、そんな現代史を背負った国だった。

 やむなくジェシカだけが先にスイスに渡り、お金を作ってマタダを呼び寄せることにする。だが、その別離が悲劇の引き金となった。マタダに相変わらず渡欧の目処が立たない一方、ジェシカは今度は西アフリカのガンビア出身の難民と恋に落ち、結婚し、出産してしまうのだ。その残酷な事実はマタダに知らされた。

 絶望的な格差が存在し、金と権力を握った一部の人間が大多数の人間を奴隷のように扱う。それがアフリカだった。マタダにとってジェシカは、「愛の対象」であるだけでなく「自由と豊かさの象徴」だった。マタダの中でジェシカへの焦がすような思いが募り、ついに危険な賭へと駆り立てた……。著者はマタダの生まれ故郷も訪れ、母や兄を取材し、故郷を捨てたマタダの覚悟の証を発見する。幾百万、幾千万の移民には、それぞれの切実な物語のあることがわかる。

 終盤の、格納部が開いた瞬間にマタダが見たであろうロンドンの街の描写は神々しさを感じさせ、遺体を巡る後日談には深い感慨を覚えさせられた。途中、ややジェシカの視点に偏りすぎなのが難点だが、ノンフィクションならではの成果と醍醐味に溢れた優れた作品であることは間違いない。

※SAPIO2016年8月号

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