神殿での祈りで最も多いのが「金持ちになりたい」という願いでしょう。しかし、「金持ちになったら大変だ、強盗に襲われて殺されてしまう」とユウェナーリスは言っています。「出世したい、娘が美人になってほしい……どれもやめたほうがいい。それでは、人は神様に何も願えないのか、いや一つだけある」と彼は言います。

 それは「健全なる精神が健全なる身体に宿ることを願う」という祈りなのです。ユウェナーリスは続けて、「健全なる精神」とは如何なるものかを説いています。

「死への恐れを持たず、命あるひとときを感謝し、どんな苦にも耐えられ、怒ることをせず、何ものも求めず、国王の性快楽と贅沢食と羽布団よりも、英雄ヘラクレスの苦労を選ぶ健全な精神を求めよ」と。

 このような素晴らしい精神の持ち主は、私の経験からすると、健全な身体の人よりも重病の患者さんの中に多く認められます。ユウェナーリスも、このことに気づいていて、「元気な身体にも健全な精神を与えて下さい」と祈るべきだと言ったのでしょう。

●たなか・まさひろ/1946年、栃木県益子町の西明寺に生まれる。東京慈恵医科大学卒業後、国立がんセンターで研究所室長・病院内科医として勤務。1990年に西明寺境内に入院・緩和ケアも行なう普門院診療所を建設、内科医、僧侶として患者と向き合う。2014年10月に最も進んだステージのすい臓がんが発見され、余命数か月と自覚している。

※週刊ポスト2016年8月12日号

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