──そこで、先生は飽くなき健康欲をコントロールすることの重要性を説いています。著書には「医療を受けない選択肢を多くの人は見失っている」とも書いています。
名郷:若いうちであれば健康第一も悪くありません。家庭を持ち、働き盛りの40代、50代の人は健康診断ぐらい受けたほうがいいでしょうし、若い時に罹るとその後の人生にデメリットが大きいがんなどは早めに治療すべきです。
しかし、子供が独立したり、会社をリタイヤしたりして「よく生きた」と思っているような人が、それ以上の健康を求めて様々な取り組みをしても、せいぜい寿命は1年延びればいいほう。80歳で死ぬのか、81歳で死ぬのかの違いで、長年努力するぐらいなら、好きな趣味などに没頭して好きなものを食べて過ごしたほうが、よほどメリットが大きい。
──がんでも治療を受けずに長く生きているケースはたくさんありますし、その逆で手術をしたために、かえって余命を縮める結果になる場合もあります。
名郷:そうですね。治療が成功して長生きできたとしても、その後の介護で家族に迷惑をかけると後ろめたく感じる人だっている。自分の人生や年齢を考え、どこかで健康というテーマを外してケリをつけることが大切なのです。
ケリをつけるというとネガティブな印象に聞こえますが、好きなことを楽しみつつ、健康になりたいという欲望や長生きしたいという欲望を上手にコントロールして線引きしたほうが、後悔も少なく幸せな人生だと思います。
──著書の中では、甘いものを我慢してきた糖尿病患者の最期にまんじゅうを与えないのはナンセンスだと書いています。際限のない健康欲の刺激が、かえって窮屈で不健康な世の中をつくり出していると感じます。
名郷:お酒やたばこをやめただけで健康を手に入れることはできませんし、ましてや死を避けることはできません。過剰摂取が体に悪いという点では、油や砂糖、塩、スナック菓子にも似たようなところはあります。
たばこに関しては喫煙率がずいぶん下がり、スモーカーはすでに少数派になっています。たばこを吸うことによる医療費の増大が度々問題視されますが、例えばたばこを吸わなくても、高齢化が進むにつれ病気になる人は当然増えるわけです。それによる医療費の増大は避けられません。
ここまでくると、たばこそのものの是非よりも、とにかく健康第一とか全員たばこを吸ってはいけないと“一方向”に振り切ってしまう非寛容な社会のほうが深刻です。
健康欲望がエスカレートすると「幸福」からどんどん遠ざかっていく──。その現実から目を逸らしていたら、医療・介護問題は必ず行き詰ります。このへんで“健康を目指さない社会”について真剣に議論してもいいのではないかと私は考えています。
●なごう・なおき/1961年愛知県生まれ。自治医科大学卒業後、愛知県作手村国民健康保険診療所に12年間勤務。2011年に武蔵国分寺公園クリニックを開院し現在に至る。専門は地域医療、臨床疫学、医学教育。20年以上にわたりEBM(根拠に基づく医療)を実践している。