貧しさから生まれた犯行というのとはちょっと違う。豊かであり、高等教育を受けている者たちがなぜ、このような暴力に突き進むのだろうか。20世紀の精神医学の巨匠フロイトは、こんなふうに言っている。
「人間がすぐに戦火を交えてしまうのが、破壊衝動のなせる業だとしたら、その反対の衝動、つまりエロスを呼び覚ませばいいことになります。だから、人と人の間の感情と心の絆をつくりあげるものは、すべて戦争を阻むはず」(『ヒトはなぜ戦争をするのか』花風社)。愛と絆がキーポイント。愛する相手にむき出しの性的な欲望を向けるような愛も大切だ。もう一つの感情の絆は一体感や帰属意識によって生み出される。
人間のなかには、死へと向かう破壊欲求と、生きようとする生存欲求が内在する。タナトス(死への欲求)とエロス(生への欲求)の二つといわれる。
この相反する欲求は、互いに絡み合って、人間をより複雑な生きものにしている。長い歴史のなかでぼくたち人間は、破壊衝動や暴力に偏り過ぎないように、スポーツやゲーム、法律や風習、文化など、さまざまな仕掛けで自分たちを守ってきた。
だが、今世紀、資本主義の行き詰まりによって均衡が崩れ、またもや人間の暴力性が暴れだしているように感じる。フロイトのいうように、暴力に対抗していくには、人間の基本の部分にあるエロスの力が必要なのだろう。
●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に『「イスラム国」よ』『死を受けとめる練習』。
※週刊ポスト2016年9月2日号