般若理趣経の解釈には、最澄への貸出を空海が拒否した『理趣釈(理趣経の訳者・不空による解説)』を用いることになっています。そこには「無縁の大悲を以って、安楽利益を得せしめんと願って、自他平等にして無二なり。故に蘇ラ(ラは口へんに羅)多と名づく」と書かれています。
「無縁の大悲」というのは「知恵の完成」における「悲」です。「悲」は慈悲の悲で「他人の苦を抜く」という意味です。完全に自己執着を捨てた状態を「捨」と言いますが、この状態での悲が「無縁の大悲」です。
お釈迦様も慈・悲・喜・捨の四無量心を説きました。「無量」は文字通り「無限であること」です。「慈」は「楽を与えること」、「喜」は「他者の幸せを喜ぶこと」です。「捨」を実践する菩薩は、自分が救ったという思いも捨てるのです。「安楽利益を得せしめんと願って」というのは「慈」です。「自他平等にして無二」は「捨」です。
利己心が消えた状態では性の快楽も含め、一切が清浄だと説いているのです。
●たなか・まさひろ/1946年、栃木県益子町の西明寺に生まれる。東京慈恵医科大学卒業後、国立がんセンターで研究所室長・病院内科医として勤務。1990年に西明寺境内に入院・緩和ケアも行なう普門院診療所を建設、内科医、僧侶として患者と向き合う。2014年10月に最も進んだステージのすい臓がんが発見され、余命数か月と自覚している。
※週刊ポスト2016年10月14・21日号