旅館やホテルで打たれる囲碁のタイトル戦
【家の名誉をかけて戦っていた江戸時代】
もともと囲碁界は江戸時代から家元制だった。そのころは、一局を数日間にわたって打っており、門下で研究が可能だった。
こんな話が伝わっている──。1933年、中国から来た新進気鋭の呉清源五段(20)が16人のトーナメントを勝ち抜いて、「日本囲碁選手権手合」に優勝した。呉は、最後の世襲制本因坊である秀哉名人(59)に、先番で対局することになった。
持ち時間はひとり24時間。13回の打ち掛け(中断)をはさんで、1934年1月29日に終了した。13回目の打ち継ぎ直後に、秀哉が歴史的妙手を放ち、優勢を決定づけ勝ちに結びつけた。
ところが後日、秀哉の弟子である前田陳爾が見つけた手であるとの説が雑誌に掲載され、大騒ぎになったという。真相は現在も不明のままなのだ。
本因坊秀哉名人と呉清源の戦いは、日本の伝統対中国の若手という構図だったといえる。このときの門下総出の研究は、当然の成り行きだったと多くの人が想像するのは自然なことだった。
【個人の実力制に移行した現代】
現在は家元制は廃止され、個人の実力制に移行している。棋聖、名人、本因坊の三大タイトルの挑戦手合いは2日制で打たれる。タイトル戦はほとんど、旅館やホテルで打たれる。食事や宿泊ができる場所で、なおかつ他者との交流を断ち、情報が入らないようにするために、対局場を旅館などにしたのだ。
しかし月日が経ち、状況が変わってきた。他者との接触は防ぐことができても、情報網が発達した現在、インターネットの情報などを簡単に手に入れられるようになったのだ。そうなっても、これを防ぐ手段は採られていない。
【カンニングのチャンスはあるか】
対局者はスマホなどを対局室に持ち込んでいないという。自室で保管ができるし、対局室で万が一音を立ててしまうほうが問題だからだ。中座は2、3分程度の常識的な長さである。対局中のカンニングは考えられない状況だ。
カンニングのチャンスがあるとすれば、打ち掛けの晩、自室でひとりになる時間帯だ。少し前まではNHKの中継放送を対局者が見られないように、対局者の自室のテレビを主催者側の要請で細工していたこともあったが、現在は携帯電話やタブレット端末など情報を得る手段はいくらでもある。