この「神様」は「先祖の化身でもある」というのは、成城大学の小島孝夫教授(民俗学)だ。
「ナマハゲは農業を基本とする地域の先祖崇拝の側面もある。お盆と同じ先祖の霊が大晦日にも帰ってきて『イタズラばかりしているんじゃないぞ』と子供に告げる。つまり、お天道様は見ているぞという戒めです。それを実際に見ているのが地域の人、つまりナマハゲに扮する人というわけです。ナマハゲには地域で子育てする躾の意味があるのです」
農業を基盤とする地域では共同作業が欠かせず、結束なくして地域社会は成り立たなかった。だから「怠けぐせ」は正されるべきものだった。だが、現在は兼業農家が増え、他地域からも嫁や婿がやってくる。核家族で暮らすようになり、祖父母から地域の成り立ちや歴史を聞く機会も減っている。
「とはいえ、来ないでくれと言われて何もしなければ行事はなくなってしまう」と、前出・吉川さんは苦しい胸の内を語る。
伝統を残したい人とあまり関心のない人が地域の中で折り合っていく。そこで両者の接点として見出されたのが「優しいナマハゲ」だった。吉川さんが続ける。
「怖いばかりでは受け入れてもらえない。かといって戒めの意味が消えるのも寂しい。難しいですよ」
【PROFILE】岸川貴文/きしかわ・たかふみ。1975年岡山県生まれ。編集プロダクション勤務を経てフリーに。経済・企業活動を中心に取材・執筆を続ける。
※SAPIO2016年12月号