僕がライフネット生命を起業する前に勤めていた日本生命にも、弘世助太郎という明治生まれの社長がいました。
彼は日本生命が日本一となった後の1930年代、家族を連れて欧米を漫遊する旅に出ます。そのとき自分たちがいかに井の中の蛙であったかを思い知り、1年後に帰国してから次のような旗印を高々と掲げます。
「臥薪嘗胆二〇年、世界制覇」
僕はこの話を社史で知ったとき、やはり明治・大正の実業家のスケールの大きさに触れた思いがしたものです。何しろ社長がアメリカやヨーロッパに行って、いきなり「世界制覇」を言い出すわけです。社員はさぞかし驚いたでしょうけれど、戦前の経営者にはそのような気宇壮大な精神性があった。弘世助太郎の発想も、同時代を生きた梅屋庄吉や薩摩治郎八に通じると思います。
彼らのような人物が、今の日本の実業界にどれほどいるでしょうか。
財閥や政界といった歴史のメインストリームから離れた場所を生きた彼らは、一方で資本主義の勃興期に世の中に大きな影響力を持ち、自らの持つ金を夢へと変えた人々だといえます。僕はそんな人たちの物語を知るとき、自分が経営者として、そして日本人としてとても勇気づけられるのです。
【PROFILE】出口治明(でぐち・はるあき)/1948年生まれ。ライフネット生命保険代表取締役会長。著書に『「全世界史」講義』I・II、『世界史としての日本史』(半藤一利氏との共著)など。
※週刊ポスト2017年1月13・20日号