──未知の文化と出会ってしまう「事故」を起こすために、『魔王』のラップでは、どんな工夫をしていったのでしょうか?
アボ:Eテレで夕方に放送されるので、お子さんの視聴者が多くなります。人生で初めて聴くラップになる可能性が高い曲になる。だからなおさら、ストリート的な純度が高いラップを届けることにしました。カニカマじゃなくてカニを、よく出来たきれいな形のものではなく、粗くても、リアルであることを重視しようと心がけました。そのためにまず、ラッパーの丸省さんに声をかけました。
──本来はクラシックの作曲家、歌曲の王であるシューベルトになりきっての作詞を引き受けてくれたんですね。
アベ:丸省さんは足立区のストリート出身ラッパーの一人なのですが、勇気をもって引き受けてくれました。スタジオで、二人で一緒に台本を読んで考えて、話し合ってつくりました。時間もかかったし、二人ともくたくたになりました。苦労しましたが、その結果、すごくよいものができたと思います。
──地味で存在感が薄いことに悩んだシューベルトが、下品で気が合わないモーツァルトや尊敬しているベートーヴェンなど、周囲の皆に自身の溜まった思いをぶつけるラップは、彼の心からの叫びにしか聞こえませんでした。
アボ:丸省さんは、即興で言葉をぶつけあうことで競うMCバトルにも出場しているラッパーなので、そのシチュエーションにすごく合っていました。丸省さんが仮歌をつくり、シューベルト役の声優、前野智昭さんにイメージを膨らませてもらってラップをしてもらいました。もちろん、本物とは言い切れないです。でも、マネの範囲を出ないようなモドキ感が小さいので、これは本当にあるラップの範囲だよねと言える曲ができあがりました。