その頃の寺社奉行は若手大名のポスト。60歳を過ぎて赴任した忠相は、若い奉行たちから『ここはあなたのような人が来るところではない』と追い返されるなど、“陰湿なイジメ”を受けたという記録があります」(前出・河合氏)
名裁判官といえど、争いの当事者になればその能力は役に立たなかったようだ。
頓知(とんち)の問答で知られ、アニメにもなった禅僧の一休宗純(1394~1481)は、臨終の間際に「死にとうない」と、率直ではあるがごく普通のつまらない言葉を残している。死に際まで頓知を利かせる余裕はなかったのだろうか。
※週刊ポスト2017年8月11日号