2席目は『しびん』。田舎侍が、道具屋に置いてあった使い古しの尿瓶を珍しい「しびん焼き」なる高価な花瓶と勘違いし、それに付け込んで道具屋が尿瓶を5両で売りつける、というだけの噺だが、白酒がやると堪らなく可笑しい。侍に対する道具屋のリアクション、尿瓶を自慢げに持ち歩く侍を目撃して驚く町人たち、悦に入って尿瓶に菊を活ける侍の描写など、あまりにも素敵だ。こういうくだらない噺にこそ落語の真髄がある。
3席目に演じた『干物箱』は、道楽者の若旦那が父親の目を盗んで吉原に行くために、自分の声色が上手い男を身代りにする噺。桂文楽・古今亭志ん生の演目で、白酒は江戸落語の伝統に則りながら、登場人物を現代的なセンスで生き生きと描いて笑わせる。目新しいギャグではなく噺の本質的な部分で勝負する、正攻法の一席だ。
白酒は古典の世界観を壊すことなく、そこに現代を自然に持ち込んでいる。あくまで気軽な「日常の娯楽」としての落語が時代を超越した普遍性を持つことを、白酒は僕達に教えてくれているのである。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『僕らの落語』など著書多数。
※週刊ポスト2017年10月27日号