筆者と同じくらいの年齢だという男性スタッフもまた、日本のあちこちで風俗関係の仕事に従事し、流浪の果てに土地勘などまったくないこの場所にやってきたのだという。
「ここでの生活は意外と楽しいんです。裏風俗だとか人身売買と言われても、まあそうですよね、という感じ。好きに書いてもらって構いませんが、あなたと私たちは違うんです。僕だって好きでこの仕事をしているわけではないし、それは彼女達だってそうでしょう。法には触れていても、誰かに迷惑をかけているわけじゃない」
彼女達の仕事は、日本の法律で認められないことばかりだ。観光ビザで入国して働き、許されている滞在期間も超えている。働いている店は風俗営業法の許可を得ていないし、そもそも、対価をもって性交することは違法だ。そんな場所で、ろくに外出もせずに働いているにも関わらず、彼女達は拍子抜けするほど普通だった。みずからの境遇を嘆くこともせず、携わっている仕事への罪悪感もないようだ。
それはこの部屋を利用する利用客も同様だ。表向きは「メンズエステ店」として、ホームページまで開設し客を募っているが、ネット掲示板などをチェックすると「中国人と行為が可能」といった書き込みがすぐに見つかった。中国人女性の誰にいくらチップを渡せば、何が可能かなどといった具体的な書き込みも散見され、客側も「違法」であることを認識しつつも、この店を利用している向きがある。そして、こうした店舗は日本のあらゆる都市に点在し、日本人女性が働く風俗店に比べ半額程度で利用できることから、日本人男性の利用者が後を絶たない。摘発しても、需要がある限りは必ず供給も延々に行われ続け、違法店が”常態化”してしまえば、利用者はそこに罪悪感を抱く理由がなくなってしまう。
彼女たちには、月に一度、部屋の管理者からの男性から、仕事の報酬として現金が手渡しされる。相手にした客の数にもよるが、全員が二十数万の収入を得ている。半分以上を母国に送金し、残った金で化粧品や衣服を買う。その”送金”も、管理者の男性が担ってくれるという。
また、ハナさんらは、完全にプライベートがない状態の下、24時間365日の”監視下”に置かれているが、体を売って逃げ出さなければ、確実に収入を得ることができる。中国国内や諸外国では、客や雇い主に騙され、言いくるめられて収入をかすめ取られたり減額されたりすることが常だというから、今の監視システムは、苦痛というよりも”安心”とすら、受け止めているような向きもある。
人身売買が「人権の侵害」だと指摘される一方で、生き延びるための「売春」を否定しない人々が存在する現実。このような矛盾を一様に「格差社会のせい」といってしまえば簡単だが、それでは思考の停止というほかない。善と悪に対する認識や価値観は、同じ日本に暮らす日本人の間でも大きく違ってきている。個性や個を重んじる事が「是」とされる風潮の中で、それが単なる「わがまま」であるかどうかの線引きも難しく、みずからの体を売らざるを得ない女性達を「気の毒だ」「かわいそう」と断じる事もまた、安易すぎる善の押し付けなのだろうか。
「今日はこれから”ギョーザ”を食べに行くんです」
客が途切れた早朝6時頃、ハナさん達はそういって、日本人男性が運転するバンに乗り込むと、深夜営業の中華料理チェーン店へと向かう。その光景は、まさに仲睦まじい友人や家族らの日常生活にも見えたが、部屋のあちこちに置かれた中国製の雑貨や日用品、そして玄関先に飾られていた中国風の飾りは、彼女達の気持ちそのものを表しているのではないか、と物寂しさを覚えた。