国内

郊外のマンションでひっそり働く中国東北地方出身の女性たち

中国東北地方出身の彼女たちは春節の里帰りとも無縁

 もうすぐ旧正月。中国では一斉に休暇になり、大勢の人が国内外へと旅立つ。日本でも、大量に買い物をする爆買い中国人観光客のためにデパートなどでは対応に追われる。そういった賑やかな話題に関わりなく、日本の片隅でひっそり暮らす中国の人たちがいる。ライターの森鷹久氏が、彼女達は何のために日本へやってきて、人目につかないよう働いているのかについてレポートする。

 * * *
 関東地方某市のターミナル駅から徒歩5分。一階には牛丼屋や不動産屋のテナントが入り、二階以上が居住用になっている、少々くたびれた分譲マンション。時折、子連れの家族なども出入りする、いかにも”郊外”といった雰囲気のどこにでもありそうなこの建物だが、その一室が「売春部屋」になっているとは、居住者も近隣住民もほとんど知らない。

「日本語、ちょっとわかる……。タイザイ? わからないね……」

 ハナさん(三十代)は、中国東北部の大連出身。来日して半年以上が経つというが、日本語は日常会話も覚束ないたどたどしさで、日本語翻訳アプリを通じてやっと筆者との意思疎通が取れるレベルだ。観光名目で来日して半年以上というから、無論オーバーステイ状態で、当局に見つかれば即刻帰国させられる身分にあるが、彼女はビザのことも、ましてや自身が”違法滞在中”であることもよくわかっていないらしい。

「日本の生活……、フツウね。部屋からほとんど出ないから、あまりわからない……」

 前述のように日本人ファミリーも住む3LDKの一般的なマンションだが、ハナさんが生活するこの部屋には、他にも三人の中国人女性が暮らす。玄関脇には、中華料理店などでよく目にする「福」の字を上下逆転させた、福の神を呼び込むためのタペストリーが掲げられ、大量の小銭が積み上げられていた。リビングには、小さなテレビとコタツが設置されていて、20代から40代の中国人女性の他に、若い日本人男性の姿も。

 彼らはこの部屋で共同生活を送りながら、リビング以外の三つの部屋で客をもてなす仕事をしながら生活しているのである。三食も風呂も、すべてこの部屋で済ませ、客が来れば空いている部屋で行為に励む。日本人との接点はそこだけで、とても日本社会で暮らしているとは言いがたい状況だからこそ、来日後半年を経ても、日本語がほとんど喋れない、という状況なのだろうか。同じような仕事に携わる中国人女性が暮らす部屋が、特に関東の郊外エリアに続々と出現しているのだという。こういった住み込み形式の部屋を経営するのは「日本のとある反社会勢力」だと、事情通が解説する。

「発展目覚ましい中国でも地方ごとの格差は激しく、特に大連などの東北部では、超高層ビルがバンバン立つ一方で、農村部の人々は未だに極貧の生活を強いられている。中国国内では、東北地方出身者は未だに差別や嘲笑の対象であり、実際に極貧生活を送る人々が数多くいます。そんな地域の女性たちが、家族のためにと都市部で売春行為に励むわけですが、中国当局の取り締まりは世界一と言っていいほど厳しく、逮捕されれば長い禁固刑に処されることもある。そんな女性らを日本に連れてきて、共同生活をさせながら仕事に励んでもらうんです」

 大連出身だと話すハナさん以外の女性も、それぞれ長春やハルビンといった「東北地方」の出身であり、これまでも中国国内で同じ仕事をして生計を立ててきた。中学を出ると、日中は女工やお手伝いさんとして働き、夜は富裕層や外国人が集まる歓楽街で体を売ったという。2008年の北京オリンピック前頃から、当局の取り締まりが急に厳しくなると、中国人売春婦達は日本や東南アジアの繁華街、北米やヨーロッパを目指したが、ハナさん達も、そんな「先輩」の姿を見てきたからこそ「日本行き」にはさほど抵抗がなかった。

「日本は天国、検挙されても強制送還されるだけ。ほとぼりが覚めればまた来日して同じ商売ができるし、金も儲かる。そもそも体を売って生活する、ということに罪悪感がないのです。ずっとそうして暮らしてきた子達だし、それが食べるための”仕事”なのです」

 こう話すのは、かつて中国人売春婦の斡旋に関与した元暴力団幹部だ。自ら、人身売買行為に手を染めてきた”元ブローカー”であることを認めるが、簡単に不法滞在を続けられるなど抜け道が多くザル法と揶揄される入管法と、そして移民に厳しい日本社会が変わらない限り、日本国内における外国人の違法な風俗業は無くならないだろうとも話す。

 間もなく、中国は旧正月を迎える。日本の連休とは重ならなくても航空券代が高騰するほど、日本に滞在する多くの中国人の帰国ラッシュが始まるが、ハナさんらには帰国の意思はない。

「(中国の)友人、家族とは電話で話せる。チャットもする。だから寂しくはないね」

 ハナさんと三人の女性は、コタツに入ってスマホから流れる中国の最新ポップ音楽を聴きながら、鼻歌を歌う。そこに、彼女たちが暮らし、仕事をする部屋を管理する日本人の男性スタッフがラーメンの入った大鍋と、ヤカンに入ったままの熱い麦茶を置く。五人は小さなお椀を片手に、鍋からラーメンを取り出すと「オヤツの時間」と笑い、無言で勢いよくすすった。

関連キーワード

関連記事

トピックス

新恋人のA氏と腕を組み歩く姿
《そういう男性が集まりやすいのか…》安達祐実と新恋人・NHK敏腕Pの手つなぎアツアツデートに見えた「Tシャツがつなぐ元夫との奇妙な縁」
週刊ポスト
女優・八千草薫さんの自宅が取り壊されていることがわかった
《女優・八千草薫の取り壊された3億円豪邸の今》「亡き夫との庭を遺してほしい」医者から余命宣告に死の直前まで奔走した土地の現状
NEWSポストセブン
あとは「ワールドシリーズMVP」(写真/EPA=時事)
大谷翔平、残された唯一の勲章「WシリーズMVP」に立ちはだかるブルージェイズの主砲ゲレーロJr. シュナイダー監督の「申告敬遠」も“意外な難敵”に
週刊ポスト
左から六代目山口組・司忍組長、六代目山口組・高山清司相談役/時事通信フォト、共同通信社)
「六代目山口組で敵う人はいない」司忍組長以上とも言われる高山清司相談役の“権力” 私生活は「100坪豪邸で動画配信サービス視聴」も
NEWSポストセブン
35万人以上のフォロワーを誇る人気インフルエンサーだった(本人インスタグラムより)
《クリスマスにマリファナキットを配布》フォロワー35万ビキニ美女インフルエンサー(23)は麻薬密売の「首謀者」だった、逃亡の末に友人宅で逮捕
NEWSポストセブン
クマ被害で亡くなった笹崎勝巳さん(左/バトル・ニュース提供、右/時事通信フォト)
《激しい損傷》「50メートルくらい遺体を引きずって……」岩手県北上市・温泉旅館の従業員がクマ被害で死亡、猟友会が語る“緊迫の現場”
NEWSポストセブン
財務官僚出身の積極財政派として知られる片山さつき氏(時事通信フォト)
《増税派のラスボスを外し…》積極財政を掲げる高市早苗首相が財務省へ放った「三本の矢」 財務大臣として送り込まれた片山さつき氏は“刺客”
週刊ポスト
WSで遠征観戦を“解禁”した真美子さん
《真美子さんが“遠出解禁”で大ブーイングのトロントへ》大谷翔平が球場で大切にする「リラックスできるルーティン」…アウェーでも愛娘を託せる“絶対的味方”の存在
NEWSポストセブン
ベラルーシ出身で20代のフリーモデル 、ベラ・クラフツォワさんが詐欺グループに拉致され殺害される事件が起きた(Instagramより)
「モデル契約と騙され、臓器を切り取られ…」「遺体に巨額の身代金を要求」タイ渡航のベラルーシ20代女性殺害、偽オファーで巨大詐欺グループの“奴隷”に
NEWSポストセブン
イギリス出身のボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
《ビザ取り消し騒動も》イギリス出身の金髪美女インフルエンサー(26)が次に狙うオーストラリアでの“最もクレイジーな乱倫パーティー”
NEWSポストセブン
女優の趣里とBE:FIRSTのメンバーRYOKI(右/インスタグラムより)
《趣里が待つ自宅に帰れない…》三山凌輝が「ネトフリ」出演で超大物らと長期ロケ「なぜこんなにいい役を?」の声も温かい眼差しで見守る水谷豊
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 維新まで取り込む財務省の巧妙な「高市潰し」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 維新まで取り込む財務省の巧妙な「高市潰し」ほか
NEWSポストセブン