岩手県の内陸部に位置する二戸市は、漆の生産が日本一の町として知られている。人と漆のかかわりは1万2000年前からといわれるが、なぜ、この地で漆の生産が盛んになったのか。そのルーツを旅します。
青森県との県境にあり、豊かな自然と、美しい景観に恵まれた岩手県二戸市。市内には安比川や馬淵川が流れ、川面を見下ろすようにそびえ立つ男神岩・女神岩は、その神秘的な姿と学術上の価値から平成18年には「国の名勝」に指定されている。
また、稲庭岳にはブナの原生林が広がり、山野草や野鳥の姿も。一方、折爪岳は、ヒメボタルの生息地でもある。
二戸地域では、こうした豊かな自然を利用し、古くから“漆掻き”と呼ばれる技術が培われてきたと、浄法寺歴史民俗資料館資料調査員・中村弥生さんは説明する。
「漆掻きとは、ウルシの木の幹にカンナで傷をつけ、そこからにじみ出てくる樹液(漆)を採る作業のこと。伝承では地元の古刹・天台寺の僧侶たちが漆器を作り始め、それが庶民に広がったといわれています。
江戸時代、盛岡藩の貴重な財源としても、漆や蝋の原料となるウルシの実が重宝されていたそうです。そのため、木がたくさん育てられるようになり、漆掻きの技術も継承されてきました」(中村さん)
現在は、中国産など輸入漆が中心で、国産が市場で占める割合は、全体のわずか3%にしかすぎないが、そのうちの約8割を二戸市が占めている、と二戸市漆産業課主事の斉藤徹弥さんは言う。
「二戸の漆は、浄法寺町で盛んに生産されたため、浄法寺漆と呼ばれています。その高い品質が認められ、岩手県の中尊寺金色堂や京都府の金閣寺、栃木県の日光東照宮などの修理・修復にも使われています。またここは、漆器の産地でもあり、原料の漆から製品の生産まで一貫して行っている、国内でも珍しい地域です」(斉藤さん)
町のあちこちで浄法寺漆のコレクションに触れることができる二戸の漆器は、口当たりや手触りもよく、その感触のよさに思わずうっとり。
華やかな装飾はないものの、温もりのあるフォルムで人気の浄法寺の漆器には、代々受け継がれてきた職人たちの魂が込められている。
※女性セブン2018年3月1日号