今や世界中で「サケ」として親しまれている日本酒。中でも、旭酒造が造る「獺祭」は50か国以上に流通し、世界各国で飲まれる日本酒の約1割を占めるといわれる。
安倍総理がプーチン・ロシア大統領への誕生日プレゼントとして贈ったり、世界中に星付きレストランを持つフレンチの巨匠、故・ジョエル・ロブション氏がその魅力に惚れ込み、「ダッサイ・ジョエル・ロブション」としてパリにレストランをオープンするほどのトップブランドだ。他社とは異なる酒造りを展開し、広く受け入れられている。
酒造りは通常、冬場のみ行われるが、獺祭は一年中行い、酒造りのプロである杜氏をおかず、マニュアルとデータを駆使して、若手でもできる製造法を開発した。“酒米の王様”と呼ばれる山田錦を5割以上削り、低温でゆっくり発酵させて製造する「純米大吟醸」は、華やかな香りでフルーティー、と評判だ。
国内では2012年頃から獺祭ブームが起きて入手困難となり、正規価格(「獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分」720ml 5142円 など)の数倍で取引されるようになった。昨年12月には旭酒造による「お願いです。高く買わないでください」との一面広告が読売新聞に掲載されて話題となった。
◆さまざまな困難を乗り越えてきた“島耕作”の名前を使ってください
そんな旭酒造が迎えた最大の危機が、今年7月の西日本豪雨だった。旭酒造本社兼酒蔵は、山口県岩国市内の周東町獺越、人口わずか250人ほどの村落にある地上12階、高さ59mの近代的なビルだ。ビルの前には東川が流れ、対岸の川べりには直売所の「獺祭ストア」がある。
7月7日未明、西日本を襲った豪雨により酒蔵からほど近い山が地滑りを起こし、東川に大量の土砂や樹木が流れ込んだ。堰き止められた川は氾濫し、夥しい水や流木、岩石が本社近くの家屋を襲い、死者も出た。
この日の朝6時半、本社に駆けつけた旭酒造製造部長の西田英隆さんは、目の前に広がる惨状に唖然とした。
「本社前の道路に濁流が押し寄せ、辺り一面が川のようになっていた。社内にも水が溢れ、見たことのない光景に“これは大変なことになる…”と思いました」
続々と社員が集まるが、一様に言葉を失った。獺祭ストアは滝のような濁流で店のガラスが粉々になって全商品を失った。近くに停車中だった会社の2tトラックは流され、消え失せた。