デジタル技術の進歩で世界は大きく変わった、なんてことは今さらあらためて言うことでもないのだが、その一方、「アナログ世界」も大きく変貌した。身近な例としては筆記具だ。物書きの仕事を始めて30年経つが、かつては商売道具としてこだわった筆記具も今や持ち歩くのはボールペン1本だけだ。書く作業の「道具」としては99%がキーボードやタッチパネルになり、最近では音声入力も重宝している。これは多くの方が同じような状況なのではないか。
しかしその極端なデジタル化の反動だろう、今、筆記具の世界はすごいことになっているのだ。とくに万年筆。インクを入れて書くという、もっともデジタルから離れた存在である万年筆が、今や筆記具の範疇をはるかに超えた存在になっていた。メーカーにとっては「芸術作品」になり、ユーザーにとってはこだわりを体現する「自己表現メディア」になっていたのだ。
そういった中でも注目すべき「芸術作品」を発表し続けているのが、ドイツ発祥の老舗ブランド「モンブラン」。とりわけ2009年から発表されている「グレートキャラクターズエディション」シリーズはユニークだ。これは「20世紀の歴史に名を刻み、文化、政治、科学、音楽、芸術の新たなスタンダードを築いた偉大な人物へトリビュートした限定商品」である。これまでアインシュタイン、ガンジー、ヒッチコック、ジョン・F・ケネディ、アンディ・ウォーホル、ザ・ビートルズらのモデルが製作されたが、こだわり具合が群を抜いているのが、「帝王」と呼ばれるカリスマ・ジャズ・トランペッター、マイルス・デイヴィスのモデルだ(2017年発表)。そのデザインは下記リンク先のモンブランのサイトで見てほしい(https://www.montblanc.com/ja-jp/collection/landing-pages/miles-davis.html)。
トランペットのピストンをかたどったクリップ、マウスピースの形を模した軸のデザインなど、マイルスの音楽同様、じつに個性的かつジャジーな遊び心に溢れている。ラインナップは、万年筆、ボールペン、ローラーボール(水性ペン)の3種5モデル。ジャズ・ファンの自己表現メディアとしては最高の逸品だが、価格は9万720~39万5280円(いずれも税込み/モンブランのサイトによる)と高額だ。もちろんマイルス「公認」というステータスも価格のうちだが、気軽に手が出せるものではない。
だが、ジャズ・ファン諸氏は落胆することはない。手が届く「マイルス公認万年筆」があるのだ。10月2日創刊の隔週刊CDつきマガジン「JAZZ絶対名曲コレクション」(小学館)の全巻予約特典「リラクシン万年筆」がそれだ。全14巻を予約購読すると、なんと全員にプレゼントされる、他の方法では入手不可能な編集部オリジナルの非売品である。デザインはその名のとおり、マイルスの名盤『リラクシン』のジャケット・アートをモチーフにしている。同誌の内容と予約方法の詳細は公式サイト(http://www.shogakukan.co.jp/pr/jazz4/)を見ていただきたい。
この「リラクシン万年筆」はヨーロッパ・タイプのカートリッジが使用できるが、コンバーターも付属する。コンバーターというのはいわばスポイト。つまり、インクを選んで入れられる。では、どんなインクを入れるべきか。マイルスの師匠、チャーリー・パーカーにちなんで「パーカー」のブラックか……などと調べていくうちに、なんとモンブランはペン本体だけではくマイルスのインクも作っていたことを発見! その名も「Miles Davis Jazz Blue Ink」。マイルスの代表作『カインド・オブ・ブルー』にちなんだ青インクだ。ジャズ・ファンとしてはこれしかない! しかし時すでに遅く、モンブランのサイトでは売切れになっている。インクも限定モデルだったのだ。だが、編集部ではなんとかゲット。そして使ってみて驚いた。このブルーは、並の青色ではなかったのだ!
(入手の顛末とインクの色については次回で紹介します)