新三郎の身を護る仏像を取り上げる手段として「行水させましょう」と計略を語る女房、「よくそんなことすぐに思いつくなぁ!」と感心する亭主、という構図が滑稽噺の長屋の夫婦みたいだ。落語らしさを前面に押し出した、笑える「お札はがし」。聴き応えのある「文蔵の大ネタ」として定着しそうだ。
休憩を挟んで後半には『大工調べ』を。これは与太郎の可愛さが突出していて、冒頭の棟梁との会話からして他の演者と一線を画す可笑しさ。棟梁の「江戸っ子らしさ」は文蔵の真骨頂で、大家への腰の低い対応から怒りを爆発させるまでの流れも実に自然、大家への啖呵はリズムに流れることなく「腹から出ている」台詞。対する大家の因業ぶりも際立っている。喧嘩になってマゴマゴする与太郎の「毒づきかた」の可愛さで爆笑させてサゲ。文蔵らしい痛快な『大工調べ』だった。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2018年11月2日号