思想史研究者・慶應大学教授の片山杜秀氏
片山:主人公はコンビニ労働以外に明るい未来を見いだせない。コンビニ労働によって、ある種、活性化していきますからね。
佐藤:コンビニで働いた著者自身の体験を通して、高度に管理された社会が上手に表現されている。
片山:そんなところが国境を越えた共感を呼ぶのでしょうか。世界各国で翻訳されているそうですね。
『コンビニ人間』ほど話題になりませんでしたが、管理社会や優生思想という点では、前作の『消滅世界』(河出書房新社・2015)がストレートでした。人工授精で子供を産むのが当たり前になり、夫婦間のセックスがタブーになった近未来が描かれています。
佐藤:『消滅世界』は『コンビニ人間』と裏表とも言える作品です。片山さんが評された活性化していく『コンビニ人間』に対して、『消滅世界』は不活性な世界が舞台となっている。
私は『消滅世界』をアンチプロレタリア小説として読みました。プロレタリアートは資本主義社会で、生産手段を持たず、労働力だけを頼りに生きる階級です。子供を再生産するしかない階級とも言える。でも『消滅世界』にはプロレタリアートがいません。再生産できないからプロレタリアートでもないんです。
片山:昔の映画や小説だと労働者階級は貧乏でも子だくさんが定番でしたが、今は仰る通りで単身のまま人生を終えるケースも多い。放っておくと「そして誰もいなくなった」になりかねない。そこで国家がいかに生殖をコントロールしていくかを主題とする作品が増えるのでしょう。
◆『橋を渡る』と再生医療