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佐藤優×片山杜秀 ディストピア小説を読むと日本が見える

佐藤:その問題を先に進めたのが吉田修一の『橋を渡る』(文藝春秋・2016)。物語の終盤、人類と、クローンでつくられた人類が共存する70年後が描かれる。新たな人類は差別されて恋愛もできない。これはiPS細胞や再生医療の発達がもたらす未来です。

片山:人間が生殖行為を経ずして人間をつくるという問題ですね。1964年の小松左京のSF
小説『復活の日』では、滅亡に瀕した人類が種の存続をかけて、生殖活動を行いました。でもいま、人間の生産はSFではありません。

佐藤:先端医療が発達すれば、富裕層は100年以上も生きる恩恵に与れる一方、貧困層はまともな治療もされずに40代、50代で死んでしまう。医療の発展は格差をさらにあらわにする。

片山:『アカガミ』も『消滅世界』も『橋を渡る』も、現実世界の延長線上にある。ユートピアに対して、希望がない形の社会秩序が延々と続いていくディストピアですね。私は、平成に描かれるディストピアの大きな特徴が、目に見える外敵が存在しないことだと考えているんです。

佐藤:敵は外部じゃなくて、日本社会に内在しているということでしょうね。その文脈でいうと、映画ですが『ゴジラ』と『シン・ゴジラ』はどうですか。

片山:1954年の『ゴジラ』は、東京に放射能をまき散らす外敵としてあらわれますが、やがて海に消える。平成の『シン・ゴジラ』も外敵ではあるのですが、東京駅近くで凍結される。平成の日本人はいつ復活するか分からない凍ったシン・ゴジラと共存しなければいけなくなった。

佐藤:いまの福島第一原発を彷彿とさせますね。

片山:まさにディストピア的な現実です。その日本人の共通体験が、平成ディストピア小説の原点となっているのでしょう。

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