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2018.11.25 07:00  週刊ポスト

競馬、「世界に追いつけ」で始まったジャパンカップの意義

ジャパンカップは37年目

 今週は国際招待競走・ジャパンカップ。話題の中心は牝馬三冠に輝いたアーモンドアイの出走。サトノダイヤモンド、シュヴァルグランといった歴戦の牡馬を相手にどんなレースをするか注目される。競馬歴40年のライター・東田和美氏が、世界に追いつけで始まったジャパンカップの意義について振り返った。

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 ジャパンカップが創設されたのは1981(昭和56)年。天皇賞・秋の1~3着馬が、GI未勝利のアメリカ牝馬に完敗。しかも当時の2400m日本レコードを上回る勝ちタイムで、その強さをまざまざと見せつけられた。第17回までは外国馬が12勝。タマモクロス、オグリキャップ、メジロマックイーン、ナリタブライアンといった日本競馬史に残る名馬でも勝てなかった。

 この間、アレミロード、トニービン、アサティス、ホワイトマズルなど、その後日本で種牡馬として君臨した名馬が次々来日。厩舎関係者も調教の方法からクーリングダウン、普段の馬への接し方や飼養管理までさまざまなことを学んだという。また欧州の大種牡馬ガリレオを生んだ凱旋門賞馬アーバンシーも来日しており、後々レースを振り返るのも楽しい。

 1番人気が勝ったのは日本馬シンボリルドルフの第5回だけ。単勝オッズが10倍以下だったのも6回と人気馬が沈みがちで、前述のような海外での実績馬も実は力を発揮できていない。それでいて馬連(当初は枠連)万馬券決着は一度もなかった。

 第18回以降の20回で勝った外国馬は、ファルブラヴ、アルカセットとデットーリが騎乗した2頭だけで、一流外国馬の参戦も徐々に減っていった。輸送などの費用がすべて日本持ち、1着賞金3億円に加え、指定レースに勝って3着までに入れば最高200万ドルの褒賞金が出る。

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