今年はブラジル移民百十周年でもある。入植者の辛苦はさまざまに伝えられているが、第二次大戦終戦期に起きた「カチ組・マケ組」事件は、重大かつ異様な事件でありながら今では二重三重に分かりにくくなっている。
まず、カチ組とは入植に失敗して「人生に負けた」人たち、マケ組とは入植に成功して「人生に勝った」人たちである。成功者たちは、新聞やラジオで「情報を買う」余裕があり、祖国日本が戦争に負けたことを認識していた。それ故マケ組。反対に、入植失敗者たちは情報を買う余裕はなく、祖国が勝ったと妄信していた。それ故カチ組。この二つのグループが血みどろの争いをくりひろげた。
カチ組・マケ組騒動は一九六〇年代までは日本でも報道され、狂信的ナショナリズムによるものと考えられた。しかし、一九八二年の前山隆『移民の日本回帰運動』は、全く別の視点を提示した。「千年王国」思想によるものだとする。これは「約束の地」と同種の思想で、苦しむ民衆のために神が準備した千年の平安の国、という意味である。
約束の地にしろ千年王国にしろ、従来の政治学では論じられない「不条理な政治思想」だが、それがどうも歴史を動かしているらしい。北朝鮮帰国運動の実情解明に、こうした視点も必要になるはずだ。
●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。近著に本連載をまとめた『日本衆愚社会』(小学館新書)。
※週刊ポスト2018年12月14日号