女房に拝み倒されて久々に魚河岸に向かった熊が、すぐに戻ってきて浜での出来事を語る。女房は、志ん朝の「一刻」ではなく「半刻」早く熊を起こした、という設定。財布に幾ら入っているか勘定する前に熊が「浜から駆け通しだ、ハッハッハ」と高笑いするのは珍しい演出だ。
熊は、拾った50両でいい思いをしようとは言うが「商いに行かずに遊べる」という言い方はしない。祝い酒で寝入った熊は、起きると湯に行き、帰りに大勢連れてきて豪勢に飲み食い。眠り込んだ熊が再び起きると「金を拾ったのは夢だ」と女房に言われ、素直に改心して元の腕のいい魚屋に。客がどんどん増えて、3年後の大晦日……。テンポ良く進む展開が志ん朝譲りで心地好い。
泣き声で「夢じゃなかった」と事情を打ち明ける女房、納得して感謝する熊。志ん朝よりだいぶ感情移入が強いが、劇的になり過ぎず、あくまで「市井の夫婦のいい話」の範囲に留めている。このあたりのバランス感覚がいい。「志ん朝の型」ならではの『芝浜』の魅力を存分に味わわせてくれる見事な一席だった。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2019年2月1日号