ライフ

【関川夏央氏書評】難しいことをひらがなで考えた橋本治

『思いつきで世界は進む 「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと』/橋本治・著

【書評】『思いつきで世界は進む 「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと』/橋本治・著/ちくま新書/780円+税
【評者】関川夏央(作家)

 月刊PR誌「ちくま」に橋本治が二〇一八年八月まで五十回連載した批評コラムである。その最終回の話題は「おやじ系週刊誌」だった。「おやじ系」には、(1)お金の話(後期高齢者以後の「経済」と「相続」)と、(2)セックス記事(「まだやれる!」)ばかりじゃないか、と橋本治は書く。昔のアイドルの水着写真などがあるのもその流れのうちだ。つまり加齢への「抵抗」と「回想」。

 反面、「社会で起こっていることを伝える記事がほとんど」なく、「閉じつつある自分のことにしか関心が持てない」とはどういうことだと橋本はいう。いつの時代でも「おやじ」の主題とはそんなものだろうが、「平成」の「おやじ」連はいささか度が過ぎると嘆くのは、頭が年をとらず、「いつまで若いんだろう?」と思うと「少しいやになる」橋本だからだ。

 昭和二十三(一九四八)年三月生まれ、四十歳まで昭和戦後を生きた彼は、難しいことを「ひらがな」で考え、徹底して「口語」で表現しつづけた人だった。昭和四十三年、モロ肌脱ぎの男の絵に「とめてくれるな/おっかさん」の文字をかぶせた東大「駒場祭」ポスター以来、五十年間過剰なまでに勤勉に働きつづけた橋本治だが、「おやじ系週刊誌」批評の原稿を書いた翌月、上顎洞にがんが見つかった。

 ひとつの時代は、時代を代表した人物を連れて去るという。たとえば昭和(一九八九年)は、手塚治虫、美空ひばり、松田優作、まだ若くとも、みな仕事をなしとげて逝った印象がある。しかしこのたびは、膨大な住宅ローンを律儀に返し終えた橋本治が、未完のまま平成をともなって去ったという気がする。

『九十八歳になった私』を書いた彼だから、その年齢までは生きるものと私は思っていた。あの橋本が社会評では意外に正統的な発言をするのだと知らされたこの本、『思いつきで世界は進む』の奥付は二〇一九年二月十日、彼が逝って十二日後であった。

※週刊ポスト2019年3月29日号

思いつきで世界は進む (ちくま新書)

関連記事

トピックス

『虎に翼』の公式Xより
ドラマ通が選ぶ「最高の弁護士ドラマ」ランキング 圧倒的1位は『リーガル・ハイ』、キャラクターの濃さも話の密度も圧倒的
女性セブン
羽生結弦のライバルであるチェンが衝撃論文
《羽生結弦の永遠のライバル》ネイサン・チェンが衝撃の卒業論文 題材は羽生と同じくフィギュアスケートでも視点は正反対
女性セブン
元乃木坂46の伊藤万理華の演技に注目が集まっている(公式HPより)
《難役が高評価》異例のNHK総合W出演、なぜ元乃木坂・伊藤万理華は重用されるのか 将来的には朝ドラ起用の可能性も
NEWSポストセブン
“くわまん”こと桑野信義さん
《大腸がん闘病の桑野信義》「なんでケツの穴を他人に診せなきゃいけないんだ!」戻れぬ3年前の後悔「もっと生きたい」
NEWSポストセブン
中村佳敬容疑者が寵愛していた元社員の秋元宙美(左)、佐武敬子(中央)。同じく社員の鍵井チエ(右)
100億円集金の裏で超エリート保険マンを「神」と崇めた女性幹部2人は「タワマンあてがわれた愛人」警視庁が無登録営業で逮捕 有名企業会長も落ちた「胸を露出し体をすり寄せ……」“夜の営業”手法
NEWSポストセブン
中森明菜
中森明菜、6年半の沈黙を破るファンイベントは「1公演7万8430円」 会場として有力視されるジャズクラブは近藤真彦と因縁
女性セブン
昨年9月にはマスクを外した素顔を公開
【恩讐を越えて…】KEIKO、裏切りを重ねた元夫・小室哲哉にラジオで突然の“ラブコール” globe再始動に膨らむ期待
女性セブン
食品偽装が告発された周富輝氏
『料理の鉄人』で名を馳せた中華料理店で10年以上にわたる食品偽装が発覚「蟹の玉子」には鶏卵を使い「うづらの挽肉」は豚肉を代用……元従業員が告発した調理場の実態
NEWSポストセブン
報道陣の問いかけには無言を貫いた水原被告(時事通信フォト)
《2021年に悪事が集中》水原一平「大谷翔平が大幅昇給したタイミングで“闇堕ち”」の新疑惑 エンゼルス入団当初から狙っていた「相棒のドル箱口座」
NEWSポストセブン
17歳差婚を発表した高橋(左、共同通信)と飯豊(右、本人instagramより)
《17歳差婚の決め手》高橋一生「浪費癖ある母親」「複雑な家庭環境」乗り越え惹かれた飯豊まりえの「自分軸の生き方」
NEWSポストセブン
大谷翔平の妻・真美子さんの役目とは
《大谷翔平の巨額通帳管理》重大任務が託されるのは真美子夫人か 日本人メジャーリーガーでは“妻が管理”のケースが多数
女性セブン
店を出て染谷と話し込む山崎
【映画『陰陽師0』打ち上げ】山崎賢人、染谷将太、奈緒らが西麻布の韓国料理店に集結 染谷の妻・菊地凛子も同席
女性セブン