1章「ツバサをください」では胸肉や手羽等の翼に連なる筋肉、2章「アシは口ほどに物を言う」ではモモやスネ等の下半身と、本書では形状や色一つにも意味や機能がある驚異の世界を部位ごとに解説。各章題や小見出しも川上作品らしいウィットに富み、読者を飽きさせない。
ちなみに鶏はキジ目キジ科に属するセキショクヤケイを家禽化したもの。遅くとも5千年前には人に飼われており、キジ科の中でも特に飛ばない〈異端児〉はしかし、いくら品種改良されようとも、鳥は鳥だった。
まずは胸肉。総重量中、最も多い30%を占める胸筋は、〈翼を打ち下ろす〉際に使う筋肉で、なぜ空を飛ばないのに胸筋が発達したかと言えば、答えはその行動にあった。それこそキジは危険を察知すると翼を勢いよく羽ばたかせ、〈ドカンと飛び立つ〉。この〈一念発起短期決戦型〉の飛翔を可能にするのが充実した胸筋であり、肉用に品種改良される以前からキジ科の胸筋は多くの胸肉がとれる〈ポテンシャル〉を秘めていたのだ。
また、胸筋と胸骨の間にあるささみ=烏口上筋は、打ち下ろした翼を再び持ち上げるための筋肉だ。特に体が重く、敵に狙われやすいキジ目のささみは体重比3~8%と大きめだ。つまり〈大きなささみと大きな胸肉は、生命維持のための非常脱出装置〉としてセットで働き、いくら高蛋白、低脂肪でも、〈ささみはヒトのためならず〉なのである。
「胸肉とささみの働きを知ってもらえるだけでも僕は満足だし、なぜモモ肉が入り組んでいて切りにくく、皮がサブイボ状なのかにも、全部理由があるんです。
そもそも重力に対抗して飛ぶ鳥類には、どうしても必要な機能は身体の中心に集める〈マスの集中化〉が見られ、進化とは最適化の歴史だということもできる。例えば鶏肉はピンクなのに、空を継続的に飛ぶ鴨の肉が赤いのは体内に酸素を補給するミオグロビンの量が関係していたり、そうした進化の結果を身近な鶏肉にも見出せるなんて、こんなに面白いことはないと思う」