おみつに連れられて長屋に来た長吉が長兵衛に金を渡して去ろうとすると、長兵衛は「仲間が堅気になろうとしたら邪魔しちゃいけねえぞ」と諭し、「天命尽きて御用となったときは未練な真似はするな」と意見する。これも八代目正蔵と同じ演り方だ。それを聞いて涙する長吉。冒頭の演出が効き、長吉に憎々しいワルという印象が希薄なので、感動の再会に素直に感情移入できる。
長屋を出て吾妻橋。「思いがけねえ今夜の仕儀……」という芝居がかりの台詞に続き、「御用!」の声。長吉は父の言葉を思い出し、おとなしく召し捕られる。これほど爽やかな後味の『双蝶々』は初めてだ。
仲入り後は『お若伊之助』『黄金餅』『大工調べ』から客に選ばせる趣向で、この日は『大工調べ』。談春の真の魅力は、実はその独特なフラ(※天性の不思議なおかしさ)にこそあり、談春版『大工調べ』の「天然だけど妙に賢い」与太郎のキャラはまさにフラ全開。理屈っぽいのに詰めが甘い棟梁、筋は通っているけれども因業な大家の描き方も見事。談春ならではの逸品だ。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2019年5月3・10日号