越前屋氏曰く、京大のトップである山極寿一・総長(学長)がまさにそんな存在だという。霊長類の研究を専門とする山極総長は、ゴリラの生態を知るため、アフリカの高地で10か月にわたってゴリラと共に生活したことがある。山極総長が語る。
「僕はいわばゴリラの世界に留学したわけです。ゴリラの群れに入って、ゴリラになりきって1日を過ごす。帰ってきたら飯を作って、その日の記録を英語でタイプして寝る。その繰り返しでした。
ゴリラと“ウーッ、アーッ”と話しているだけだから、人間の言葉を忘れてしまう。日本に帰ってきたときには、日本語も読めなくなっていた。鏡もまるで見ていないから、久しぶりに自分の顔を見て“首が長いし、変な顔だな”と思ったり。すっかりゴリラになったつもりでいたんですね。帰国して友だちと飲んでいると、『お前さっきからずっと、ウーッ、ウーッて唸っているぞ』と言われる(笑い)。
こういう風に研究対象の世界にどっぷり浸かって、向こう側の世界から人間の世界を見ることでその間にある“境界”を知る。それが私のやり方です。ゴリラなど人間でないものを知ることは、すなわち人間を知ることにも繋がると考えています」
※週刊ポスト2019年5月31日号