ガールズバーではよくコスプレを披露していたという高岡容疑者(本人のInstagramより)
この店は、東京・歌舞伎町の中でも人気ホストクラブが軒を連ねる、通称「ホストクラブ通り」の中にある。営業開始時間は朝6時だ。早朝にもかかわらず、20代前半らしき大勢の女の子たちがお気に入りのホストたちと、嬉しそうに酒を酌み交わしている。
「はじめまして」といって現れた琉月さんは、折れそうなほど線が細く、表情もまだあどけない。服装もダメージジーンズにシャツというラフなもので、SNSでのアグレッシブな姿からは想像がつかないほどに幼く見える「ハタチの男の子」だった。
お酒を運んだり、会話を盛り上げようと笑い声を上げたりする様子からはとてもメッタ刺しにされて入院していた姿は想像できない。しかし、肝臓を深く刺されたため、入院直後から、予断の許されない状況だったという。
「意識を取り戻すまで5日間かかりました。医療が進歩していたから助かったものの、助かる確率は2割程度だったそうです。最初は声が出なくて話すこともできず、寝たきりだったから、しばらくはひとりで歩けなかったし、事件があってから食べられなくてかなり痩せてしまって……刺されたときのことを思い出したり、これからどうするかを考えたりすると不安と恐怖で眠れなくなり、カウンセリングにもかかっていました」(琉月さん、以下同)
彼を悩ませたのは、「ホストへの復帰」だった。
「僕が復帰してから“メンタル強すぎ”とか、“まだホスト続けるの”といってくる人たちは多いけど、本当はホストを辞めようと思っていました。やっぱりお客さんのことが怖くないといったらウソになるし、しばらくはお酒も飲めない訳ですから。だけど自分には、ここしか戻る場所がなかったんです。親がいなくて施設で育って、7人いる兄弟とも音信不通だから、この店の先輩たちがはじめてできた家族みたいな感じで……」
琉月さんは栃木県那須烏山市でうまれた。一家が離散したのは小学生の時だったという。兄弟は別々の施設に預けられ、中学を卒業後は建設関係の職人として働くも、人間関係がうまくいかずに退職し、一時期は家もお金もないホームレスになっていたという。そんな彼を“拾って”くれたのが、同店の幹部だった。
「その人は去年の11月、面接に行ったときから、すごくよくしてくれて、ご飯を食べさせてくれたし、寮にも住めるようにしてくれた。入院中には同僚たちと一緒に毎日お見舞いにきて、“お酒が飲めないなら俺たちが代わりに飲んでやる”って言ってくれて、もう一度戻りたいなって思いました。事件のことは店のお客さんは皆知っていること。だったらここで隠すのではなく、すべてを明かしてホストを再開しようと思ったんです」
復帰の初日、久々に店の扉を開けた流月さんは、心の中で「ただいま」とつぶやいたという。
事件当日のことは、発生から1か月以上だった現在でも明かされていない。流月さんは、今回の取材を受けた理由を「報道も噂もウソばかりだったから、真実を伝えたかった」と明かす。