教育は国の根幹である。経済的な事情によりその機会が不平等になってしまうような社会は望ましいとは言えまい。コラムニストのオバタカズユキ氏が考察する。
* * *
首都圏の大学では東京大学がトップに君臨しているが、学力がそこまでは届かない優秀な若者の場合、理系なら東京工業大学、文系では一橋大学という「一流校」を目指す選択肢がある。だが、2018年の9月に東工大が、今年の9月11日に一橋大が授業料の値上げを公表したことで、そうした進路を選択できる層の幅が確実に狭くなった。
国立大学は学費が安くて合格したら親孝行、という時代はだいぶ前から昔話ではある。働きながら学費も自分で支払ったものだという苦学生像は、今の若者の祖父母世代が若かった頃にありえたイメージで、国立大学の授業料は1970年代半ばからガンガン上がり続けており、今の「標準額」は年53万5800円となっている。私大の一般的な文系学部の授業料は80万円前後だから、実際にはその差が意外と小さい。
そういう現状にあって、「標準額」から飛び出した国公立大学授業料の値上げが続き、さらにお高くなるわけだ。一番初めは冒頭にあげた東工大が値上げを公表した。すると、次に東京芸術大(18年10月公表)、さらに千葉大(19年6月公表)、そしてこのたびの一橋大と値上げニュースが止まらない感じになってきた。
値上げ幅は、上記4大学とも文科省が定めている上限額いっぱいの2割増。いずれの大学も、それまで年53万5800円だったのが、10万7160円アップで年64万2960円に。年80万円の私立との差はもう15万円ほどしかない。学部4年間では授業料のトータル257万1840円と相当大きな負担になる。
この値上げラッシュ。最初の東工大は全学部が理系だから、実験や研究費用がすごくかかるため無理もないかなと思った。次いだ東京芸大も同じように高度な実技を行うために金が要る大学だ。私立の美大の学費の高さからしたら国立は「お得すぎる」ともいえるので、それもしょうがないかなと思えた。
比して、「ううむ、これはありか?」と首をひねったのは、千葉大からである。千葉大は2020年度に入学する学部生と大学院生の全員に海外留学の必修を課すという、かなり大胆な戦略に出た。授業料値上げはそのためのものであった。
留学プログラムは80ほど用意し、留学先の授業料は大学が全額支払い、渡航費や宿泊費は学生が負担する。4年間分の値上げは計42万8640円。その料金で半強制的に留学体験ができ、英語力をはじめとしたグローバル対応力が身につく、としたら、人によっては「割安」と感じることもあるかもしれない。
ただ、各留学プログラムは2週間~2か月の短中期のものばかりだ。その程度の期間で「英語になじむ」以上の何かが得られるか、という疑問はある。だいたい語学力やグローバル対応力は、必要に迫られた状況下のオン・ザ・ジョブ・トレーニングのほうがずっと早く深く身につくのであって、「学校でやらされるからやります」では効果が薄い。そんな気もする。
そして一橋大。この大学の値上げは、文科省が特別な支援の対象とする「指定国立大学法人」に加えてもらうためのものだ。指定法人になると、資産運用の規制などが緩和され、大学の研究成果でビジネスをする株式会社の設立が認められる。要は、攻めの大学経営がやりやすくなる。これまで東大、東北大、京大、東工大、名大、阪大の6大学が指定されており、一橋大はそれらの大学の仲間にぎりぎりセーフで滑り込んだ。
大学が積極的な経済活動もして活性化を狙う。それはそれで、別段、悪いことではない。しかし、そういう活動ができる指定法人になるためには、いわゆる大学世界ランキングにおいて上位に食い込むことを最終目標とする文科省の野心に従わなければならない。つまり大学のグローバル化をもっともっと推し進めなければならない。