ギリシア神話はヨーロッパ共通の古典であったから、近世のドイツであろうがフランスであろうが、そこから応用の効きそうな部分を借用しても不思議ではない。「招かれなかったことへの恨み、嫉妬」をベースに、復讐の仕方にアレンジを加えた結果、「眠れる森の美女」や「いばら姫」の冒頭部分にあるような、王女が呪いで眠らされるという展開が生み出されたのではないか。
「王子のキスで目覚める設定」についていえば、これはおそらく国王やそれに準ずる者に触れられれば治癒の奇跡が起きるという、中世の信仰に由来する。
当時の戴冠式は教皇か大司教の手により行なわれ、それは聖性の授与を意味した。救世主とされたイエスや聖母マリア、ペテロを始めとする12使徒、聖人たちの身体の一部や遺品(聖遺物)には及ばないまでも、高貴な聖職者から戴冠されることで国王にも聖性が備わるから、国王から触れられるか国王の身体に触れればどんな病気やケガも治癒できる──中世に盛んだったこのような信仰が、王子によるキスの場面を生み出したのではなかろうか。
【プロフィール】しまざき・すすむ/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。著書に『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)、『いっきに読める史記』(PHPエディターズ・グループ)など著書多数。最新刊に『ここが一番おもしろい! 三国志 謎の収集』(青春出版社)がある。